国が変わればマンションライフもこんなに違う──いやいや、それどころかそもそも「マンション」という概念がない。
インドネシアでは、マンション(集合住宅)に加え、豪華なファシリティ(プールやジム、レストランなど)が一体となっている複合型が一般的で、これを「コンドミニアム」と呼ぶ。プールやジムが併設されているコンドミニアムは標準仕様の類で、変わり種としては、住民専用のスーパー、美容室、レストラン、スターバックスなどが併設されているものがあり、さながらちょっとしたランドマークのよう。そのため、インドネシアのコンドミニアムは敷地自体が広く、総戸数に関しても300戸クラスは小さい方で、大きいものでは数千戸規模にまで及ぶのだ。
日本の「マンション」にお住まいの方にとっては、何とも羨ましいとお思いのことだろう。しかしこれにはある“事情”がある。
「テロ」の危険だ。
今回はみなさんには馴染のない、インドネシアでの暮らし方と管理会社・管理組合の在り方を、日本の管理会社の社員として現地に駐在している私からお伝えしたい。
自宅に帰るのもひと苦労!? 高セキュリティ住宅
まず、日本の一般的な分譲マンションといえばこうだ。
たとえば車で帰宅したとしよう。大抵は公道からマンションの敷地にスムーズに侵入でき、所定の位置に駐車する。その後、セキュリティの一環であるエントランスと自室用のディンプルキー、またはセキュリティカードで解錠する──と、こんな感じだろう。
では、インドネシアはどうか。まず、車で敷地内に入るシーンからして違う。
自室があるコンドミニアムの「敷地」に入るにあたっては、一旦停車し、門番ならぬ警備会社の人の許可を得てから進入する決まりとなっている。警備員は1人の場合もあるが、規模によっては2〜3人が24時間体制で任務にあたり、ここの住民であるかの確認と車内に不審物がないかをチェック。──いや、車内だけでなく車体の下まで覗き込むという入念さだ。当然ながら「テロ」を意識しての検査であるため、顔パスで通過というわけにはいかないのだ。
しかも、よりセキュリティが高いコンドミニアムになれば、警戒中の空港さながらに爆弾の探知機や探知犬が備えられている。これらを通過する手間を考えると、買い物に出かけたくもなくなるが、インドネシアでは電車の交通インフラが十分でないため、移動手段といえばもっぱら車。よって、敷地内にスーパーやコンビニがあることは非常に有り難く、価値が高いといえる。
そして、さらに自室へ向かうにあたっても、動線上にはいくつも防犯カメラが設置されている。死角がないほど、住民といえど出入りや動きを監視されているのだ。しかも部屋のカードキーがなければエレベーターに乗ることすらできない。二重三重のセキュリティでは済まず、四重五重にもおよぶ安全対策を施しているのはお国柄といえよう。
プールにジムに、高セキュリティ。気になる管理費
そんなインドネシアのコンドミニアム。日本ならば超がつくほどのハイクラス・マンションか、はたまた一流ホテルか、といったような付帯施設でありセキュリティ体制である。プールにジムに、24時間警備員。これを標準装備しているというのだから、相当な管理費を払うのではないかと想像されることだろう。
実は、これだけの手厚い施設やセキュリティがついているというのに、月額の管理費は日本とほぼ変わらず1㎡あたり200円ほど。つまり戸あたり17,000円〜18,000円という相場になっている。(コンドミニアムにより変動)なぜなら人件費が破格に安いからだ。警備員に支払う賃金は日本の約1/4〜1/5が妥当。これにより潤沢に人を配備することができるのだ。
「PPPSRS」とは一体?日本との違いとは?
管理費の話が出た流れで、管理組合の話にも触れてみたい。PPPSRSはそのままアルファベット読みをし、管理組合のことを意味する。
しかしここにも、日本とは大きく違うところがある。日本では引き渡し後すぐに入居がはじまり、直ちに管理組合が結成される。自分たちの所有物は自分たちで管理するためだ。
しかしインドネシアの管理組合はといえば、引き渡し時期を迎えてから、平均的に7〜8年後に結成される。なぜか。そこにはこんな事情がある。
日本の場合、建物が竣工して約1ヶ月後あたりに「引き渡し」という時期がデベロッパーにより設定されている。その際、区分所有者に対し「一斉引き渡し」が実施され、一部の特例の申し出(遠方からの転勤時期など)がない限り、スムーズな流れの中、引越し・入居となる。よって管理組合もすぐさま結成しやすい。
そのスムーズさを支えているのは「資金」だ。契約者はすでに金融機関が行う住宅ローンの審査を通過している状態であるため、お金が金融機関から自動的にデベロッパーに支払われる。よって有無を言わさず“引き渡されなければならない”仕組みになっているのだ。
一方インドネシアはというと、人によって引き渡しを「受けない」事情がある。経済的な理由かどうかはわからないが、購入資金は全4回に分けて支払われる仕組みになっている例が多い。
中には一括で支払うお金持ちや猛者もいるが、多くは下記のように分割して支払っている。
【全4回払いの内訳:例】
1回目(契約時) 約10%
2回目(上棟時) 約30%
3回目(引渡時) 約40%
4回目(登記時) 約15〜20%
この3回目の段階を、なかなか実行しない人が比較的多くいるということだ。
そこでもロスが発生するというのに、インドネシアでは全住戸の登記が完了しないと管理組合が結成できない決まりになっているため、7〜8年という長い時間を要することになる。その間の建物の管理と管理費用はデベロッパーが賄っている例や、引き渡しを受けた所有者とデベロッパーが共同で賄っているが一般的というのも、日本とはずいぶん違うところである。
ちなみに、インドネシアに進出している日系某大手デベロッパーが「引き渡しから登記までを3年で終えた」ことが異例のスピードであるとしてニュースにもなったほどだ。
また、日本の場合は総合管理方式を取っていることが多いが、インドネシアでは運営をコントロールする会社(監理会社)と、足回りの業務を行う会社(管理会社)に分かれており、デベロッパーがそのまま監理会社になるケースも珍しくない。
管理会社の仕事内容、「え!? そこまで?」
インドネシアは随分治安が良くなったとはいえ、まだまだテロの脅威にさらされているのが現状だ。
また、首都ジャカルタをはじめとする都市部では、頻繁にデモ活動が行われる。「燃料価格の引き上げに反対」といったものから、「最低賃金に抗議」をする労働組合、「刑法の改善を求める」学生団体など、その内容は多岐にわたり、定期的に発生している。
そうした「デモの情報をいち早く入手する」ことも、現地の管理会社の重要な仕事といえるのだ。それは、管理しているコンドミニアムに危害が及ばないように準備するためである。
デモ活動自体がテロのような過激な行動を伴わない場合でも、その混乱に便乗して何者かが敷地内に入り、窃盗を働くといったことが想定されるからだ。よって管理会社社員が日常の中で欠かせないのが「Twitter」などのSNSを見ること。「どこそこでデモを行う」といういち早い情報を入手するための重要な鍵だといえる。
もちろん、そんな特殊なことばかりではなく、日本の管理会社同様に防災訓練のサポートや入居者同士のコミュニティのための旗振りなども行っている。日常的な催しでいえば、有名レストランに週末だけ出張営業してもらったり、平日の昼間に子どもたちにアイスクリームを配るなどを実施。これも、満足度が低下しないように試行錯誤しながら行っている活動だ。
特に注目すべきなのが「宗教」に関することだろう。
インドネシアは約87%がイスラム教(※)と、圧倒的にイスラム教徒(以下、ムスリム)が多い国。よって、コンドミニアムで開催するイベントで最も盛大なのがムスリムのイベント(以下、レバラン)となる。そこで必要になってくるのが、私のような日本人である現地在住の管理会社社員がしっかりとイスラム教、ムスリム、レバランについて学ぶことだ。
たとえば、左手は「不浄」なものとされているため人前で左手を使わないといったことや、目上の方に対する接し方や言葉遣いなどにも神経を遣う。
しかし戒律は中東ほど厳格ではないため、お酒を飲んだりタバコを吸う人もいれば、断食をしない人もいる。またヒジャブ(イスラム教徒の女性が頭や身体を覆うスカーフ)を被らない、お祈りしていないなど人によってさまざま。会食にお誘いする際は「宗教はなんですか?」「アルコールは飲まれますか?」「豚肉は召し上がりますか?」などを訊くことが一般的になっている。
※外務省データ(令和4年7月11日現在)
最後に──インドネシアあれこれ
テロの問題や宗教の話など、日本とは随分違う環境であるだけに、日本人である私たちはさぞや住みにくいことだろうと思われたかもしれない。
いやしかし、慣れればそんなことはまったくなく、むしろ先述した豪華なコンドミニアムに住むことができる(投資家オーナーによる分譲賃貸)など、ある種、夢のような世界も広がっている。そもそも、デヴィ夫人の夫であるスカルノ大統領が初代大統領でもあったように、世界有数の親日国でもあるため日本人に優しい傾向がある。
また、貧困層・富裕層の二極化状態だった時期を脱し、国の発展とともに国民の所得も上昇。昨今では中間層の割合が飛躍的に増えていることも影響して、国全体が明るいのだ。
あえて困っていることを挙げるとするならば──お酒だろうか。(笑) 基本的にイスラム教国家であるため、お酒の販売自体が少なく、売っていてもかなりの高額だ。もしインドネシア在住の日本の友人を訪ねることがあれば、間違いなくお酒のお土産をオススメする。
もっとほかに取り上げたい話題もあるのだが、今回のところはここまで。折を見てまた執筆できたらと思う。