夢の温泉付きマンション 理想と現実

1. 温泉付きマンションのいろいろ
非日常な空間や大浴場でゆっくり日々の疲れを癒し、リラックスできる温泉。温泉がもし自宅にあったなら、毎日心身ともにリフレッシュでき、代謝促進により足のむくみも解消されて健康的な生活を送ることができる。そんな夢を叶える温泉付きのマンションについて、事例を交えて紹介する。
温泉付きマンションは、熱海や草津などの温泉街以外にも、他物件との差別化を図る高付加価値マンションとして建設され、全国各地に点在している。都心のタワーマンションでも、ジムやプールとともに温泉が設置されている物件もある。
また、温泉付きのマンションといっても、以下の通りいくつかのパターンがある。
・マンションの共有部分に大浴場が設置されている
・専有部分内のお風呂に温泉が引かれている
・共用部分と専有部分の両方に温泉設備がある
・天然温泉か人工温泉かで区別され、天然温泉の場合は「温泉権」の購入が別途必要となる場合がある
2. 共用部分に大浴場のある温泉付きマンションの魅力
共用部分に大浴場があるタイプの温泉付きマンションの魅力をまとめた。
- 毎日気軽に温泉を楽しむことができる
館内を少し歩くだけで、いつでも何度でも大きな湯舟で足を伸ばし、ゆっくりとお湯につかることができるのは、最大の魅力と言えるだろう。また、温泉は最上階に設置されているケースが多く、中には大浴場から花火大会を見られるマンションもある。
- お風呂掃除の手間が省ける
水回りの掃除は億劫なものだが、共用部分にある大浴場は管理会社が清掃してくれるため、普段から大浴場を使う人は自宅のお風呂を掃除する必要がなくなる。
- 住民同士のコミュニケーションが活性化する
裸の付き合いから、住民同士のコミュニケーションも活発になるのではと想像される。
3. 温泉付きマンションの知られざる現状
たくさんの魅力が詰まった温泉付きマンションだが、実際に管理を担当しているフロント社員へヒアリングを行った結果、良いことばかりではないという現状が分かった。
築13年、約120戸の人工温泉付きマンションの事例から、実際の利用状況やコスト等のデメリットを紹介する。
- 利用時間帯に制限があり、利用率が低い
予想では住民の7割以上が温泉を利用しているだろうと考えたが、意外にも利用率は高くなかった。
・利用率:住民の約2~3割
・利用可能時間帯:15時~翌朝10時まで(閉鎖時間は清掃や点検が行われる)
15時~夕方の時間帯は高齢の方の利用が多く、夜はご家族連れ、早朝はシャワーのみ利用する方が多い。 - ルール決め・徹底が必要。トラブルのもとに
駐車場や駐輪場、集会室など共用部分の利用に関するトラブルはどのマンションでも見られるが、温泉施設ならではのルール違反によるトラブルは少なからずあるようだ。入浴時のマナー違反や、衛生上のトラブル、中高生が休憩スペースを占拠してしまうなどの事例などがあった。
- コミュニケーション形成の実態
温泉があることによって住民間のコミュニケーションが活性化されると予想したが、担当者の見解では、通常のマンションと特別な差は感じられないとのこと。
家族単位で利用している方が多いことや、そもそもの利用率が低いことも背景にあるのかもしれない。 - 日常管理費の隠れたコスト
生活用水の使用量のうち約40%を占めるのがお風呂だ(注1)。日常的に大浴場を利用し、専有部分のお風呂をほとんど使用しない場合は、入浴にかかる自宅の水道・ガス・電気などの光熱費が節約できると思われる。
しかしながら、大浴場の光熱費は管理組合が一般会計から支払っており、区分所有者へ管理費として請求されるため、結果的にはコスト高となってしまう。
温泉施設があることにより、管理費等はどれくらい上昇しているのか。ここでは別の7棟のタワーマンションにおける公共料金および管理要員人件費の額を紹介する(図1参照)公共料金と管理要員人件費の戸あたりの年間負担額合計は、温泉施設あり:218,000円に対して、プールあり:161,000円、施設なし(平均):約123,000円となっている。温泉施設がある場合は、温泉施設がない場合よりも約1.8倍のコストがかかることから、温泉施設は突出して公共料金や管理要員人件費が高いことが分かる。
- 修繕費実績:13期までに約1,600万円
ガス給湯器やろ過装置などの定期的な交換・修繕費のほか、レジオネラ菌の対応など長期修繕計画に入っていない想定外の支出もあったとのこと。この事例のマンションは約120戸と戸数が多いため、13期までに1戸あたり年間約10,000円の修繕費がかかる。仮にこれが50世帯のマンションであった場合は、1戸あたり年間約25,000円の修繕費がかかる計算となる。
特にコスト面については、上記4、5にあるように、温泉を所有することで管理にも維持修繕にも多額の費用がかかることが分かる。
新築時の目玉設備であり、他のマンションとの差別化要素として温泉が付いていることを全住民が理解しているので、費用がかかっても維持を望むの管理組合が多い。しかし、管理組合で修繕費や維持費を負担し続けることができず、アンケートや説明会での合意を経て10期~30期の間に温泉を閉鎖した事例もあった。
もしも温泉付きマンションの購入を検討される際は、メリットだけではなく、このような実態や閉鎖の可能性、日常経費、年々増加する修繕コストがあることを念頭に置いていただきたい。4. 温泉の担う価値とは
マンション内の設備の中でも、温泉は不思議で特別な存在である。駐車場や駐輪場などは、新築時こそ区画が足りないなどの問題も発生するが、経年とともに住民も高齢化し、子どもたちが成長して家を出ていくために需要が減少し、空き区画が目立ってくるケースもある。しかし、温泉はその逆であると考えられる。維持費は経年で上がるものの、住民の高齢化により需要が高まり、価値の増す設備ではないだろうか。
また、駐車場や駐輪場などは利便性を支えるファンクショナル(機能的)な設備であるのに対して、温泉はくつろぎや癒しを提供するエモーショナル(感情的・情緒的)な付加価値設備である。費用に見合う「贅沢」なのかを考える必要はもちろんあるが、単純に費用対効果を語ることが難しい情緒的な価値のある設備でもある。
老後、早朝に海辺で犬の散歩をし、帰宅後にゆっくりマンション内の大浴場で朝風呂を堪能するなんて、夢のようだ。
今回温泉付きマンションを調べる間に「あぁ、温泉に行ってほっこりしたい」と何度も思った。温泉は、自分へのご褒美として癒しを求めて行くものであったが、その裏側にある高額な維持費や清掃・管理の大変さを知り、温泉施設の存在やそこで働く方々の努力に改めてありがたみを痛感した。注1:国土交通省報道発表資料 水資源の利用状況・生活用水の使用量
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/mizukokudo_mizsei_tk2_000014.html
8月シンポジウム
”住まい”から始まる共生社会 ~認知症バリアフリーな地域づくり~
https://www.miraikachiken.com/seminar/250717_0821seminar01

マンションみらい価値研究所研究員。管理現場にて管理組合担当業務を経験後、業績やコンプライアンスを管理サポートする部門に異動。マンションみらい価値研究所のコラムの執筆やWEBサイトなどの運営をしている。