1.はじめに
建物の区分所有等に関する法律(通称:区分所有法)第8条には、「特定承継人の責任」という条項があり、管理費等を“支払えない”または“支払わない”区分所有者がいたとしても、所有権が移転した場合には、新しい区分所有者に滞納管理費等を請求できるという主旨が定められている。これにより、競売の申立てによる落札、売買や贈与など、所有権が移転した場合には、管理組合は自らの費用と労力をかけることはなく、滞納されている管理費等を回収することができるとされている。
しかし、管理組合は所有権の移転を待っているだけでは、滞納された管理費等の回収が不可能な事例がある。それは、区分所有者が亡くなった後、そのマンション住戸の相続が行われないケースだ。管理費等の請求対象となる区分所有者が存在しないにも関わらず、所有権の移転がなされないことが課題となる。その実態を調査するとともに、その場合に管理組合にはどういった選択肢があるのか、事例をまとめた。
2.管理組合にて相続人調査を行う事例
そのマンション住戸の相続が行われないケースでは、管理費等の滞納が発生し長期化することで初めて管理組合として問題視されることが多い。前述したとおり、区分所有法第8条を根拠に、当初は管理組合としては待ちの姿勢となる。たとえ相続が行われなかったとしても、その住戸に抵当権が設定されていれば、抵当権者が動き出す可能性があるためだ。ちなみに抵当権者は、債権回収において最も強力な権利を持っており、その中でも第一抵当権者が抵当権の実行つまりは競売により回収を進めることに対し、誰も異を唱えられない。
そこで、まずは管理組合にて不動産登記簿謄本を取得し、抵当権の設定有無を確認する。抵当権の設定がなければ次の行動に進むことになるが、仮に抵当権の設定があったとしても、債務の返済が完了している可能性もゼロではない。これは債務者である区分所有者が抵当権抹消の手続きをしない限り、自動で抹消されることがないからである。
次に、管理組合は区分所有者が亡くなった事を公的な証憑で把握しておくことが大事になる。その後に進展がない場合に、住民票(除票)を取得してあれば、初動が早くなるからだ。なお、住民票の取得は債権者の代表者たる理事長が行う。
並行して、管理組合宛に届け出がされている情報をもとに、亡き区分所有者の親族と思われる連絡先への確認が行われる。連絡がつかないこともあるが、連絡先の相手が応対したとしても、自分は既に相続放棄をしているとの回答を得ることもある。また、親族という広い関係性では事態の進展は望めないことがある。なぜなら、法定相続人となれるのは3親等以内の親族に限られるためだ。連絡が取れたとしても、法定相続人ではないことを理由に、「これ以上の連絡は控えてほしい」と相手から告げられた事例もあった。
このような確認を行うことにより、どれだけ待ったとしても次の区分所有者が現れないだろう事態が現実味を帯びてくる。中には、マンション住戸の固定資産税の滞納に目を付けて、行政に確認した事例もあるが、行政としては回収可能性との天秤にかけたうえで積極的には動かないという回答を得た。
これらの確認事項を経て、管理組合は相続人調査を行うことになる。調査自体は、手間と知識が必要となるため、弁護士や司法書士等に依頼するのが一般的だろう。当社が管理する約4,000の管理組合を対象に、2018年から2021年までに管理組合が相続人調査を行った事例を調べたところ、表1のような結果となった。
発生確率としてはさほど多くないように見られるが、この数字は今後、マンションに住む区分所有者の“高齢化”および“単身化”により増加するのではないかと予想する。その理由としては、区分所有者本人が高齢ということは、その両親は既に他界していることが大半となり、ほかに法定相続人がいたとしても、管理組合が動き出すまで相続開始の気配がないということは、それら法定相続人とも疎遠になっているまたは既に相続放棄している可能性が高いからだ。疎遠にしていた親族からすると、区分所有者本人がどのような生活をしていたのか、マンション住戸以外の相続財産や借金がどの程度あるのかなどの情報を得づらく、単純に区分所有者の死去を知らないだけであったとしても、相続放棄へと進む事例がこれまでにも複数見られる。
3.管理組合にて相続財産管理人選任の申立てを行う事例
相続人調査にて相続人が居ると判明すると、管理組合は弁護士等に依頼し家庭裁判所に相続放棄申述の照会を行い、もし相続放棄をしていない該当者がいた場合は、相続をするか否かの確認へと進む。民法第915条第1項には、「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。」と定められている。該当者が相続を選択した場合は、区分所有法第8条の規定により、新たな区分所有者にこれまで滞納されている管理費等の請求ができるため、管理組合としての未収金の課題は解決される。
管理組合の頭を悩ませるのは、法定相続人該当者全員が相続放棄を選択した場合だ。こうなると、管理組合としての課題解決への道のりはさらに時間を要することになる。滞納された管理費等を請求する相手が存在しないことが決定してしまったからだ。
次なる解決策として、管理組合は民法第952条第1項に基づく相続財産管理人選任の申立てを行うかどうかという選択を迫られる。当社が管理する約4,000の管理組合を対象に、2018年から2021年までに管理組合が相続財産管理人選任の申立てを行った事例を調べたところ、表2のような結果となった。
相続財産管理人選任の申立ては、最高裁判所のホームページには以下の解説がされている。
「相続人の存在、不存在が明らかでないとき(相続人全員が相続放棄をして、結果として相続する者がいなくなった場合も含まれる。)には、家庭裁判所は、申立てにより、相続財産の管理人を選任します。
相続財産管理人は、被相続人(亡くなった方)の債権者等に対して被相続人の債務を支払うなどして清算を行い、清算後残った財産を国庫に帰属させることになります。」(引用:https://www.courts.go.jp/index.html)
当然に、この申立てには費用が必要となる。弁護士や司法書士による裁判所への申立書作成に係る費用のほか、収入印紙代や官報公告料が発生する。加えて、相続財産の内容から相続財産管理人が相続財産を管理するために必要な費用として予納金を納付する必要がある。その額は事例によって異なるが、概ね100万円前後と言われている。相続財産の内容から、相続財産管理人が相続財産を管理するために必要な費用(相続財産管理人に対する報酬を含む。)に不足が出る場合には、この予納金から充てられるため、全額が管理組合に戻るとは限らない。つまりは、申立てを行う管理組合側の支出となることもある。
しかし、これ以外に法的な解決の手段はないため、管理組合は慎重な判断が必要となる。表2にある管理組合の総会議案等を調査したところ、申立てを行うことに踏み切った理由は主に以下の3点であった。
①回収目途の立たない管理費・修繕積立金の滞納が膨れ上がり、いずれ管理費等の請求権の時効を迎えること
管理費等の請求権は、民法改正により5年で時効が到来する。ただし、管理費等は毎月請求が発生するため、その発生時期毎に時効到来時期は違う。また、時効は滞納者が主張して初めて成立するものである。5年といえども、時間は経過し、期限が迫ってくる。遅くとも滞納開始から3年経過した時点で、管理組合は相続人調査等の行動を開始しないと時効の更新に間に合わない可能性が出るので注意が必要である。
②消防用設備点検や雑排水管清掃などの、共用部分と一体として管理する設備機器のメンテナンスおよび取替ができないこと
管理組合が該当住戸に入室することは難しい。それにより設備機器の管理がされないことになる。管理組合にて行うインターホンやガス警報器が未交換となり、管理室受信盤で信号が受信できておらず未警戒状態となっていることを懸念する事例もあった。区分所有者がいないことで、空家同然となるため、マンションという建物としての資産価値にも影響するといえる。
③今後、区分所有者不在の住戸が増えてくと、総会の決議が困難になる可能性もあること
解決策がないということは半永久的に、区分所有者が不在となることと同じ意味をなす。区分所有者は管理組合の構成員として、管理費等を納めるだけでなく、管理組合の意思決定に必要な対象でもある。1住戸だけであればすぐに問題とはならないが、もし同様の住戸が増えていったとしたらいずれ総会の成立や決議要件に影響が出ることも考えられる。
4.管理組合にて相続財産管理人選任の申立てを行った結果
前述の表2にあった各管理組合は、その後どういった結果となったか。9事例のうち、1事例を除き全てにおいて、滞納されていた管理費等全額が遅延損害金も含めて管理組合に支払われ、清算が完了している。相続財産管理人が、被相続人の債権者等に対して被相続人の債務を支払うなどして清算を行う過程で、該当住戸は競売や任意売却され、現在では新たな区分所有者の手に渡っている。管理組合としては、未収金・空室・区分所有者不在の課題を三つ全て解決した状態だ。
なお、残りの1事例は、相続財産管理人選任の申立てをしてからまだ日数が経過しておらず、相続財産管理人による各種手続きが続いている途中である。
5.まとめ
調査対象となった事例から、相続人調査および相続財産管理人選任申立てに関する流れをまとめると以下となる。
たとえ区分所有者が不在になったとしても、管理費等は口座引落が一般的であるから、口座残高があるうちは、未収金の問題が表面化しないことがある。一方で、マンションの住戸内で孤立死があった場合は、その区分所有者に身近な親族がいるかどうかを管理組合が知るきっかけとなり、比較的早期に相続人有無の確認へと移行していく様子だ。
このように、問題が表面化するまでの時間には差があるが、共通して言えるのは、問題として認識された後に、管理組合として検討を開始してから解決までには年単位での時間を要するということだ。今回調査した事例では、1年より短く解決したものはなく、最長で3年7ヶ月ほどかかっている。そのため、管理組合の役員が輪番制の場合には、役員間において方針や情報の引き継ぎが重要となる。
発生事例は少ないが、いざ自身の管理組合に起きた場合は対応に苦慮する内容だろう。解決へとたどり着いた管理組合がたどったこれら事例は参考になると考える。