マンションの管理組合法人による専有部分の購入 ~現実の事例紹介と今後の課題検討~

区分所有法改正の検討が進んでいる。実に20年ぶりとなる改正であるが、建替え決議の要件緩和などの報道はよく見かける一方で、そのほかの改正条文についてはあまり取り上げられていないように思う。そのひとつに「管理組合法人による区分所有権の取得」がある。あまり聞きなれない条文であるから、新しい制度が創設されたのではないかと思う人もいるかもしれない。しかし、事例は少数ではあるが、管理組合法人が区分所有権を取得することは古くから行われていた。
今回は、実際に行われた管理組合法人による専有部分の購入(区分所有権の取得)の事例をご紹介し、今後の課題について検討を行いたい。
1. 区分所有法の改正について
現行の区分所有法には、管理組合法人が専有部分を取得することに関する条文は存在していない。しかし、法に規定がないにもかかわらず、現実が法を超える形で、管理組合法人による専有部分の購入は一部マンションで行われている。
しかしながら、専有部分を購入しようとする総会決議の場面では、こうした管理組合法人の行いが、区分所有法が予定している管理組合の目的の範囲外であるとする意見も多かった。今回の改正においては、こうした課題について、現状を容認する形で検討が進んだと思われる。
以下、実際に専有部分や隣地の土地などを購入した管理組合法人の事例をご紹介しよう。
事例1
マンションの1階部分を法人が保育園として所有していたが、保育事業を撤退することとなり、管理組合法人が多目的ホールとして取得した事例
専有部分の購入時期:2007年
マンション概要:兵庫県 100戸以上150戸以下 1990年代築
このマンションでは、保育園事業者が区分所有者として1階専有部分を所有し、かつ、自ら保育園として利用していた。しかし、少子化の影響もあり、事業を撤退することとなる。そこで、保育園事業者は管理組合に専有部分の売却を打診する。
一方、このマンションには竣工時から集会室が存在したため、それとは別に保育園部分を多目的ホール(集会室、サークル活動、冠婚葬祭)として購入し、管理組合で活用することが検討された。なお、管理組合を法人化して専有部分を取得することにつき、理事会に対して弁護士から次のようなアドバイスがされている。このアドバイスの内容は従来の区分所有法の解釈として参考となる。
- 「管理組合」の目的との関係
管理組合は、建物・敷地の管理をするために構成された団体であるから、「その目的の範囲内の行為しかできない」という前提がある。専有部分の取得が目的の範囲内の行為であるかは、専門家で解釈に争いがある。もちろん、共有者(この場合は、区分所有者)全員の同意があれば、区分所有法の問題ではなくなるが、現実的ではない。 - 購入の必然性
通常、区分所有法の「目的の範囲外の行為」は民法によることになり、その場合は、集会(総会)での多数決による決議ではなく、民法に基づく共有者(この場合は区分所有者)全員の同意が必要になることが原則である。
- 特別決議で購入された場合の問題点
管理規約や区分所有法では、管理組合による不動産取得を前提とした規定は無く、議決方法も当然規定されていない。前述のとおり、民法第251条の「全員同意」が原則となる。そのため、反対者がいた場合や手続き上の不備が生じた場合、役員個人に対して損害賠償や総会決議無効の請求の訴訟が提起される可能性がある。その場合、管理組合役員に負担がかかるだろう。
- 金銭拠出
管理組合で決議ができるとしても、費用をどこから拠出するかという問題が生じる。修繕積立金を取崩す場合、規約に規定がないことから、専有部取得への取崩しを認めるよう規約を変更する決議を経た上で(または同時に)取得決議をする必要がある。また、取得後の当該専有部分の維持費を含めた資金計画の承認が必要となる。
- 取得価格
専有部分を取得するとして、価格の妥当性について根拠を示す必要がある。 - 権利保全・税負担
管理組合を法人化する場合、その後の税負担は管理組合法人が負うことになる。管理組合の役員改選ごとに登記することが必要となる。
- 法人化の手続きについて
特別決議にて法人化することは可能。また、法人化に伴い管理規約の変更が必要となる。
この管理組合では、これらアドバイスを検討し、購入のリスクを理解した上で、それでも専有部分を取得するメリットは大きいとして、特別決議にて取得するに至っている。
事例2
マンションの1階住戸を所有する区分所有者が管理組合に売却を打診、エントランス美観維持、集会室として利用することを目的として取得した事例
専有部分の購入時期:1997年
マンション概要:東京都 50戸以上100戸未満 1960年代築
本件では、管理組合内において事例1のような区分所有法や民法上の検討はされていない。管理組合が重要視したのは「エントランスの隣戸」であった点だ。
平面図を見ると、当該専有部分は、今なら管理事務室や集会室など共用部分が配置されるであろう場所である。このマンションは1960年代に建築されたマンションであり、1階部分の配置が現在のマンションとは随分と異なっている。エントランスから住戸の玄関が丸見えであり、今ならこの場所に専有部分の住戸を配置することは少ないだろう(図1参照)。

購入を検討した当時の総会議案書、議事録には、この専有部分の所有者が第三者に売却した場合「住戸の利用方法によっては、エントランスの美観が損なわれるのではないか」といった意見が多数あった。さらに、このマンションには集会室がなかった。こうしたことから、集会室として使用することを目的として購入することになる。
法務省法制審議会「区分所有法制の見直しに関する要綱案」(令和6年1月16日開催決定)(以下「要綱案」という)の段階では、管理組合法人が専有部分を取得する場合は、主に集会室の用途とすることを想定しているようである。しかし、本件のように、たまたま1階エントランス隣戸である場合はよいが、中間階、中間住戸の場合は、居住者の出入りに関して下階、隣接住戸からの反対意見があることも予想される。今まで住戸として使用されてきた住戸が共用部分になり、多くの居住者などが出入りするようになる可能性も否めない。キッズルームなどで使用するとなれば、なおさらだ。
なお、区分所有法は、共用部分の変更に関して、法第17条第2項で「共用部分の変更が専有部分の使用に特別の影響を及ぼすべきときは、その専有部分の所有者の承諾を得なければならない。」と規定している。しかし、管理組合法人が専有部分を取得し、共用部分として利用する場合における、「特別な影響が及ぼされるとき」とはどのような場合であるのだろうか。例えば、キッズルームとして使用した場合の騒音の発生はどうか。玄関ドア等の変更に伴い出入りが困難になった場合はどうか。どこまでが当該区分所有者の承諾を要することなのかは判然としない。こうした点は、今後の判例を待つのではなく、法の条文の中で明確にしていただきたいと思う。
事例3
下記の①、②の不動産を取得した管理組合法人の事例
①1階専有部分を集会室として取得
②美観上の問題があり、隣地土地を取得
専有部分の購入時期:2013年
マンション概要:大阪府 150戸以上200戸未満 1980年代築
このマンションは2度、不動産を取得している。それぞれの事例を紹介しよう。
① 1階専有部分を集会室として取得
この事例が特徴的なのは、専有部分を取得する前から賃貸借契約により集会室として利用するといった、いわゆる「おためし期間」「助走期間」がある点と、「行政からの補助金」を利用して取得している点である。
まず、当該専有部分は事例2と同様に1階に位置し、角部屋である。集会室として適した場所にある。隣接住戸からの反対意見はなかったようである。
該当住戸の区分所有者から管理組合に売却の打診がされた段階で、管理組合には売主の売却希望価格の金額が支払えるだけの資金がなかった。また、集会室にしたとしても、購入代金に見合うだけの利用がされるのかという点も問題になった。その解決策として、2年間は賃貸借契約を締結して「試しに運用してみよう」という案が出される。賃料は発生するが、購入のための積立金が貯まるまで2年の期間が確保できる。また、その間に売買代金に見合うだけの利用があるのかも測定できる。
通常、中古マンションは1階部分が最も売却しにくいと言われている。防犯上の観点から敬遠されやすく、周囲に建物があると日当たりもよくない。専用庭があるなどほかのメリットがなければ売却に時間がかかることが多い。一方、管理組合が集会室にする場合は、1階であることがむしろメリットになる。こうしたこともあってか、当該専有部分の区分所有者は2年間の賃貸借契約期間を経て、その結果次第での売買契約になることを承諾している。
さらに、管理組合はこの2年間の間に行政との交渉も行っている。
管理組合と自治会との関係は、マンション標準管理規約コメントにもあるように、別々の団体として明確に区分されることが求められている。一方で、地方自治体の中には、管理組合にも自治体と同等の活動を認め、その活動費用を助成しているところもある。このマンションの存する自治体は管理組合に対して自治会と同様の制度を設けており、「集会室の取得」についても助成金を支出している。管理組合は行政と交渉し、賃貸借契約期間中の2年間に集会室としての利用実績があれば、助成金の支払い対象となることの確認を得ている。
こうした取組みの後、見込み以上の利用実績があったことから、専有部分の取得に至っている。
②美観上の問題があり、隣地土地を取得
このマンションでは、さらに翌年に隣地の土地も取得している。隣地の土地所有者に対する居住者からの不満がきっかけであった。
隣地土地は分譲当初は別の所有者であったものの、途中から現在の所有者に売却された(以下土地所有者を「A氏」という)。また、隣地土地はマンションのアプローチ部分と接しており、マンションを出入りする際には隣地土地がいやでも目に入る。総会議案書の表現をそのまま使用すると「A氏は『見苦しい』工作物を建てている」とされ、さらに敷地内にガスボンベが置いてあるなどしたことから、万が一火災が発生した場合にマンション側に被害が及ぶのではないかといった不安もあった。マンション居住者のA氏に対する不満は年々募っていったようだ。
理事会ではこの問題を解決するために、専門委員会に諮問し、土地の購入に向けて検討を開始する。専門委員会では、A氏から土地を取得すべきという意見で一致し、理事会に答申。地元不動産業者を通じて管理組合側から、土地所有者に対して購入の意思表示を行う。事例1、事例2ともに売却の意思表示は専有部分の所有者側からの申し入れであったが、本件は管理組合側から申し入れを行っている点が異なる。
申し入れの当初はA氏から高額な価格提示がされていたが、不動産鑑定士などに依頼して適正価格を提示するなど、おおむね2か月間の交渉期間を経て隣地土地を購入するに至る。購入後はマンション居住者向けの駐車場として利用している。
なお、この管理組合では、土地の購入に関する区分所有法や民法の議論はされていない。
では、改正区分所有法では、事例3にあるような「美観上の理由」による土地の取得は認められるのであろうか。
要綱案の「5 専有部分の保存・管理の円滑化」においては、管理組合法人による区分所有権等の取得「管理を行うために必要な場合」に限定していることから、取得の目的を狭義に捉えるのか、広義に捉えるのかで見解が分かれそうだ。
(3) 管理組合法人による区分所有権等の取得
管理組合法人による区分所有権等の取得に関し、次のような規律を設ける。
管理組合法人は、建物並びにその敷地及び附属施設の管理を行うために必要な場合には、出席した区分所有者及びその議決権の各4分の3以上の多数による集会の決議で、当該建物の区分所有権又は区分所有者が当該建物及び当該建物が所在する土地と一体として管理又は使用をすべき土地を取得することができる。
(注1)本文の規律により管理組合法人が区分所有権を取得した場合には、議決権を有しないものとし、いわゆる頭数要件の母数からも除外するものとする。
(注2)団地管理組合法人は、団地内の土地、附属施設及び区分所有建物の管理を行うために必要な場合には、建物若しくは区分所有権又は土地若しくは附属施設と一体として管理若しくは使用すべき土地を取得することができるものとする。
2. その他の課題
改正区分所有法では、管理組合の目的について、特段の改正は行われないようである。そのため、管理組合法人が収益用不動産として専有部分を購入するような場合は、今後の裁判などに委ねられることになりそうだ。しかし、管理組合法人が収益用不動産として専有部分を運用している事例はある。
例えば、長期滞納者がいて、回収の見込みが立たず、管理組合法人が専有部分を購入するケースや、競売住戸を管理組合が競落しようとする場合などである。専有部分を取得する目的は滞納管理費等の解消であるから、取得した専有部分が管理組合にとって特段必要ではない場合も多い。すでに集会室などが存在し、特段の管理目的で利用する用途がない場合は、収益用不動産として賃貸用住戸とするしかないだろう。
これを否定されてしまうと、管理組合は滞納管理費等を解消する手段のひとつを失うことになりかねない。
さらに、借地権のマンションが土地所有者から建物の存する土地を購入するなどのことも行われている。今までは法律が実務に追い付いていなかった。しかし、今回の改正はこうした実務で行われていることをすべて容認しようとする改正ではない。管理組合法人による専有部分の取得に制限がかかることも懸念される。
また、取得に関する記述はあるが売却に関する記述はない。つまり、管理組合法人による売却は認めていないということになるのかもしれない。修繕費用が不足し、取得した集会室を売却した代金で大規模修繕工事を実施しようとすることも認められないことになってしまう。
3. まとめ
未だ議論の途中ではあろうが、今まで実務で行われてきた管理組合法人による不動産の売買を広く認める方向で解釈できるよう検討されることを望む。
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マンション管理士、防災士。不動産会社での新築マンション販売、仲介業を経て、大和ライフネクストへ転籍。マンションフロント担当、賃貸管理担当などを経験したのち、新築管理設計や事業統括部門の責任者を歴任。一般社団法人マンション管理業協会業務法制委員会委員を務める。著書『マンションの未来は住む人で決まる』が第15回不動産協会賞を受賞。

マンションみらい価値研究所研究員。一般社団法人マンション管理業協会出向中。現在は、マンションみらい価値研究所にて、防災・減災に関する統計データの活用や居住者の高齢化や災害の激甚化などの社会的な課題について、調査研究や解決策の検討を行っている。