想定を超える災害が発生し続ける日本
震災や豪雨など、毎年のように日本の各地で大きな災害が発生している。
2022年夏、新潟や東北は記録的な豪雨に見舞われた。
過去10年間でみても、大雨被害や台風、大地震など、多くの自然災害が人々を苦しめた。
災害による被害を想定し、それに備えることが、防災計画の起点であることは間違いない。しかし、最近の「想定を超える災害」に対して、われわれは無力なのだろうか?
“想定外”の災害
新耐震の建物は、震度5強程度の中規模の地震動ではほとんど損傷しない、また震度6強から7程度の大規模の地震動でも倒壊・崩壊しないという設計基準で造られる。しかし、2016年の熊本地震では、倒壊に至らずとも改修が困難なほど構造部分が損傷し、解体せざるを得ないような想定外の状況がいくつもあった。
2018年の北海道胆振東部地震では、想定外のブラックアウト(全域停電)が発生。北海道全域が約50時間にもわたって停電した。もしこれが、北海道ではマイナス10度を超えるような真冬の時期に発生していたなら、暖が取れずに凍死に至るリスクも十分にあるのだ。
2019年の台風19号では、武蔵小杉の超高層マンションで地下に設置されている電気設備が冠水し全館停電が発生。エレベーターなど共用部に加え、専有部分内でも電気が使えず真っ暗な状態が続いた。
このときの冠水の原因は、河川の水が堤防を越え流域全体が水没してしまう”洪水”ではない。河川等への排水が追い付かず、大量の雨水が地下に敷設された下水・雨水管等から逆流しあふれ出す“内水氾濫”によるものだった。※1マンションの地下ピット等から水が逆流しあふれてしまっては、エントランスなどの建物の開口部に土のうを設置してせき止めても意味はない。「内水氾濫」自体が想定外であったと言っていいだろう。
この災害をきっかけに、国土交通省は各自治体が作成しているハザードマップに、“内水氾濫”を加える指示を出した。
※1 国土交通省HP参照
下水道による浸水対策
被害想定とは
想定外があるなら、当然、想定内もある。
災害対策を立てるためには、“被害想定”は欠かせない。例えば、マンション防災計画で考えてみよう。以下のようなロジックで組み立てることになる。
I. 3つの特性を整理する
① 立地特性:マンションの周辺環境やハザードなどの特徴
② 建物特性:階高・構造など、建物のハード面の特徴
③ 住民特性:居住者の年齢層や家族構成・要支援者の有無などの特徴
II. 具体的な被害を想定する
① 水深50cmの水害、震度6の震災など、災害規模を仮定する
② 災害規模により具体的にどんな被害に至るかを3つの特性から導く
・立地特性:崖面を背後に抱えている、河川や海岸に近い、道路や交通量など
・ 建物特性:耐震レベル(旧耐震・新耐震)・超高層・給水方式(高置水槽・増圧直結など)・機械式駐車場や地下ピットなど
・住民特性:高齢者や要支援者・時間帯による在宅状況や帰宅困難リスク
III. 事前の備えと事後の対応策を決定する
被害想定に合わせて、最小限に食い止めるための“事前の備え”と“事後の対応策”を定める。それらをまとめたものが、汎用型ではない、あなたのマンションの特性に合わせた「防災マニュアル」となるのだが、これは “被害想定”の“想定内”で設計されたものであるといえる。
例えば、”被害想定”の程度を床下浸水までとするなら、機械式駐車場の地下ピットの水没などをの可能性を考え、対応策を準備する。床上浸水までを想定に入れるのであれば、エレベーターのピット内の水没やその他の電気設備への影響に関しても対応策を練る必要がある。
当然、災害規模ごとに段階を分けて整理されるべきだろう。しかし、被害想定を超えてしまい”想定外”の状況に直面すると、焦る・あわてる・パニックになるなど、正常な判断が難しい状況になる。
「30年に一度」「記録的」などといった表現が度々聞かれるように、近年は毎年のように“想定外”が起きている。
気象庁は、気温の上昇に伴って大気中の水蒸気量が増加した結果、100mmを超える大雨の発生日数がこの100年で1.4倍に増加しているという統計も発表している。
いずれにしろ、大雨などの異常気象をはじめとした想定外の災害が、これからも増えていくことは間違いないのだろう。
“減災”という考え方
被害想定自体が甘いから想定外が生じるのではないか、という指摘もあるかもしれないが、そうではない。そもそも災害を完全に防ぐのは不可能であるという前提に立つべきだ。
例えば、東日本大震災では、岩手県では40mを超える津波が来た。
しかし、だからといって、津波対策のために国土全体を津波防波堤で囲むという発想にはならない。インフラ整備にかかる費用や、平常時の利便性を考えると、非現実的であるからだ。この場合、高台に居住地区全体を移す、避難ルートを確保するなど、被害をできる限り小さく収める “減災”のための対策を練ることになる。
避難生活期で“減災”を考えてみる
大地震が起こり停電や断水が発生しても、復旧までの期間を避難所ではなく自宅マンションで送ることにしていたとしよう。
堅牢な新耐震のマンションであれば、震度6や7でも直ちに倒壊する危険はない。水やカセット式のガスコンロ・簡易トイレなどを備えておけば、社会インフラが復旧するまで、倒れた家具などを少しずつ片付けながら家族で身を寄せ合って4・5日を過ごすことができるとあらかじめ想定し、準備することもできる。
避難所に行かずに自宅で過ごすという判断は、一理ある。
大地震ともなれば、避難所には多くの人が詰めかけ、入ることさえできないケースもあるだろう。無事に入れたとしても、衛生管理やプライバシー管理が難しい避難所での生活環境は、ストレスによる負荷が大きく、新型コロナウイルスやインフルエンザなどの感染リスクも高い。
報道などで避難所の写真を見たことはあるだろうか?
もちろん、避難所の環境を改善する取り組みは年々進化しているが、子供や高齢者にとっては、厳しい環境であることに変わりはない。
雨露がしのげず、自宅に留まることができないほどの被害を受けた方や、帰宅困難者を優先させるべきともいえるだろう。
しかし、あなたのマンションに “危険”を意味する赤紙が貼られてしまったらどうしよう。赤紙とは、応急危険度判定で建物の損傷が激しく、壁などが落下し人命に及ぶ危険があるという判定を受けたマンションに貼られるものだ。応急危険度判定は、緊急に行われる暫定的な危険度を確認する制度なので、当然、後から判定結果が異なる場合もあるのだが、新耐震のあなたのマンションが、「この建物に立ち入るのは危険」と認定されたということだ。
自宅マンションでの在宅避難を考えていたあなたは、想定外に直面することになる。
あなたは行動計画を変更し、在宅避難のために備えていた防災備品をリュックに詰めて、家族と共に避難所に向うことになる。
自宅であれ、避難所であれ、準備していた防災備品は役に立つだろう。
また、自宅で避難生活期を過ごすとしていたのは、避難所でのストレスや感染リスクなどを考慮しての判断である。こういった心構えがあれば、冷静かつ細心の注意を払って避難所に向かうことができる。
あなたの被害想定が、想定外に至ってしまった場合も減災につながったといえるだろう。
被災想定なしでは、防災は語れない。
たとえ災害が「想定外」であったとしても、少しでも被害をおさえる“減災”につなげるために、被害想定は重要ということなのだ。