所有者不在による管理費の滞納、管理組合はどうする?

マンションを取り巻くリスクマンションの法制度
所有者不在による管理費の滞納、管理組合はどうする?

処分されなかった相続財産は国庫に帰属するのか

平成19年度のマンション管理士試験に、このような設問が出題された。

敷地利用権が数人で有する所有権である場合において、区分所有者が死亡したときの専有部分及び当該専有部分に係わる敷地利用権の帰属等に関する次の記述のうち、区分所有法及び民法の規定並びに判例によれば、誤っているものはどれか。ただし、受遺者はいないものとし、また、規約に別段の定めはないものとする。

1 相続人も特別縁故者もいない場合においては、国に帰属する。
2 特別縁故者がいる場合においては、相続人がいないことが確定し、相続財産の精算手続が終了したときに、当該特別縁故者への財産分与の対象となる。
3 特別縁故者がいないが相続人がいる場合において、相続人の全員が相続を放棄したときは、国に帰属する。
4 専有部分が共有である場合において、相続人がいないときは、当該専有部分の他の共有者に帰属し、特別縁故者に分与されることはない。

誤っているものを問う本設問の正解は、「4」であった。ここで注目するのは、正解の「4」ではなく、設問肢の中の「3 特別縁故者がいないが相続人がいる場合において、相続人の全員が相続を放棄したときは、国に帰属する。」という一文だ。この記載自体は正しい。
民法第959条には、「前条の規定により処分されなかった相続財産は、国庫に帰属する」という定めがある。管理業務主任者やマンション管理士の資格試験の勉強をしたことがある人は、聞き覚えがあるに違いない。この法律に対する知識が問われる設問というわけだ。この知識がある人の中には、相続されない不動産はその時点で自動的に国庫に帰属すると思っている人もいるのではないだろうか。しかし、現実はそうも簡単ではない。

専有部分の相続人調査を行うのは、管理組合?

ある管理組合の事例を紹介したい。管理組合発足から数十年を超えたマンションの一室で、孤立死が発生した。「この頃、姿を見かけない」と心配する隣人の相談を受けた理事長が住戸前での異臭を確認し、警察を呼んだ。一連の対応が終わった数ヶ月後、理事会ではこの一室の未収金が問題視されるようになった。故人は生前には管理費等を滞納することは一切なかった。引き落としの指定口座にはすでに残金がなく、滞納額は毎月増えていく──この管理費等は誰に請求すればよいのだろうか。

管理組合としては建物の区分所有等に関する法律(通称:区分所有法)第8条「特定承継人の責任」という条項を根拠に、はじめのうちは“待ち”の姿勢となる。管理費等を“支払えない”または“支払わない”区分所有者がいたとしても、所有権が移転した場合には、新しい区分所有者に滞納管理費等を請求できるという主旨が定められているからだ。これにより、競売の申立てによる落札、売買や贈与など、所有権が移転した場合には、管理組合は自らの費用と労力をかけることはなく、滞納されている管理費等を回収することができるとされている。たとえ相続が行われなかったとしても、その住戸に抵当権が設定されていれば、抵当権者が動き出す可能性がある。それを望みに管理組合は登記簿謄本を取得したが、故人はすでに住宅ローンを返済しており、抵当権抹消の登記が完了していることが確認できた。

そこで理事長は、故人が管理組合に届け出ていた書類をもとに、緊急連絡先として記載された娘に電話を入れた。ところが、娘は、「すでに相続放棄の手続きが済んでいるため、自分は管理費等は支払わない、故人の長男にあたる自分の弟も同様だ」との回答だった。理事長がもう少し詳細を聞こうとしたところ、電話口の故人の娘は、「これ以上の連絡は控えてほしい」の一点張り。さらに管理組合は、弁護士に相続人調査を依頼した。その結果、法定相続人だった全員が相続放棄の手続きを完了していることが判明した。つまりは、この一室の区分所有者が不在ということになる。

相続財産管理人選任の申立てをするのは誰?

ここで、冒頭のマンション管理士試験の設問肢へ話は戻る。「特別縁故者がいないが相続人がいる場合において、相続人の全員が相続を放棄したときは、国に帰属する。」この記載が正しいのであれば、このマンションの一室は、このあとすぐに国庫に帰属することになるのだろうが、答えは「ノー」だ。その理由としては、相続財産が国庫に帰属するのは、相続人が存在せず、かつ相続債権者(被相続人に対し債権を持っていた人)および受遺者への弁済・特別縁故者への分与の後、さらに残余財産が存在する場合だからである。また、相続人が存在しないことを確定するため、相続人捜索の公告が必要となる。これを行うのは「相続財産管理人」と呼ばれる人物だ。

しかし、「相続財産管理人」は救世主のように、ある日突然に空から舞い降りてくるわけではない。債権者等が家庭裁判所に申立てを行うことで、「相続財産管理人」は選任される。つまりは、管理組合以外の債権者等が誰も動かないときは、管理組合が申立てを行うか否かの検討をしなければならない。

当然に、この申立てには費用が必要となる。弁護士や司法書士による裁判所への申立書作成に係る費用のほか、収入印紙代や官報公告料が発生する。加えて、相続財産の内容から相続財産管理人が相続財産を管理するために必要な費用として予納金を納付する必要がある。その額は事例によって異なるが、概ね100万円前後と言われており、相続財産の内容から、相続財産管理人が相続財産を管理するために必要な費用(相続財産管理人に対する報酬を含む)に不足が出る場合には、この予納金から充てられるため、全額が管理組合に戻るとは限らない。結果によっては、申立てを行う管理組合側の支出となることもあり、管理組合に決断を躊躇させる要因となっている。

参考までに、「マンションみらい価値研究所」の調査では、2018年から2021年までの4年間で、9組合が選任の申立てを行い、そのうち8組合は、滞納されていた管理費等全額が遅延損害金も含めて管理組合に支払われ、清算が完了している。
レポート:「管理組合の相続人調査および相続財産管理人選任申立てについて」
 

管理組合が相続財産管理人選任の申立てに踏み切る理由

該当のマンション住戸に抵当権は設定されていない。しばらく待っても他の債権者が動く様子はない。相続人調査の結果、法定相続人全員が放棄していることがわかっている。この三拍子が揃った以上、管理費等の滞納は、将来にわたって増えていく一方だ。

管理費等の請求権は、民法により5年で時効が到来する。時効は滞納者が主張して初めて成立するものであるが、時効にかからないにしても、区分所有者が入れ替わらないため将来の回収可能性は無いに等しい。時が経過して、マンション住戸の不動産としての価値が低下すると、将来的に相続財産管理人による清算が行われることがあったとしても、長期に渡り滞納された管理費等を回収できる金額でその住戸が売れないということも起こり得る。それ以外にも故人に資産があれば心配無用だが、資産が十分にある場合ならそもそもが相続放棄される可能性は低いと考えられる。

また、管理費等の滞納という点以外にも、区分所有者の不在は管理組合にとって大きなリスクがつきまとう。区分所有者は管理組合の構成員として管理費等を納めるだけでなく、管理組合の意思決定に必要な対象でもある。1住戸だけであればすぐに問題とはならないが、もし同様の住戸が増えていったとしたら、いずれ総会の成立や決議要件に影響が出ることが考えられる。さらに、消防用設備点検や雑排水管清掃などの、共用部分と一体として管理する設備機器のメンテナンスおよび取り替えができないことも、管理組合にとっては悩みの種だ。

このように区分所有者の不在は、管理組合に広範囲かつ半永久的に影響を与え続ける。専有部分は各所有者の物であるが、管理組合を構成する以上は切っても切れない関係性であることがよくわかる。これが共同住宅というマンションに住まう、または、所有するということなのだろう。

いずれにしても、解決に有力な糸口が相続財産管理人選任の申立てしかない状況であれば、管理組合として申立てをするか否かという検討を先送りすることだけは避けたほうが良いといえる。
また、この課題の解決までは、年単位で時間がかかるという。理事役員は輪番制であったとしても、優先度の高い課題として、方針と情報の引き継ぎは欠かせないだろう。

大野 稚佳子
執筆者大野 稚佳子

マンションみらい価値研究所研究員。管理現場にて管理組合を担当する業務を経験後、マンション管理の遵法対応を統括する部門に異動。現在は、マンションみらい価値研究所にて、これまで管理現場にて肌で感じた課題の解決へつながる研究に勤しむ。

Contact us

マンションみらい価値研究所・
セミナー等についてのお問い合わせはこちら