漏水事故の損害はどこまで認められる??

はじめに
漏水事故は、マンションで多く発生するトラブルの一つです。特に近年は、マンションの老朽化に伴い、配管などの経年劣化による漏水事故も増えてきています。漏水事故が起こると、その原因となった住戸だけではなく下階や周辺住戸にも被害が及んでしまうことがあります。
漏水事故は、いつどこで起こるかわかりません。ある日突然、あなたも漏水事故の加害者、もしくは被害者になってしまうかもしれません。
漏水事故が起こった場合、誰がどのような責任を負うのでしょうか。
漏水事故の責任は誰が負うのか
漏水事故によって生じた被害の責任を誰が負うのかについては、漏水事故の発生原因や原因箇所などによって決まります。
マンション居住者の人為的なミス(洗濯機のホースが抜けてしまっていたなど)や専有部分の不具合によって漏水が生じた場合、居住者や区分所有者は、民法709条(不法行為責任)や民法717条(工作物責任)などに基づき、被害住戸の方に対して損害賠償責任を負うこととなります。一方で、共用部分の不具合によって漏水が生じた場合、マンションの管理組合(または区分所有者全員)が、民法717条(工作物責任)などに基づき損害賠償責任を負うこととなります。
いずれの場合であっても、賠償すべき範囲は漏水事故と因果関係のある損害に限られるとされています。
(参考)
民法709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
民法717条1項 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
漏水事故の発生後、損害の範囲や損害額について揉めるケースは多く見られます。被害者は、大事な家財が濡れてしまったり、復旧までの生活に支障が出たりと迷惑を被ったのですから、できる限り多くの賠償金を請求したいと考えます。一方で、加害者は、迷惑をかけてしまったとはいえ、なんでもかんでも請求されては困ってしまいます。
裁判上、どのような損害が発生したのかや、漏水事故と損害との間に因果関係があるといえるのかどうかについては、被害者側が立証責任を負うとされています。つまり、被害者側がこれらを証明できない場合には、被害者の請求は認められないこととなります。
また、被害者ができる限り多く賠償金を請求するために、本当は濡れていなかった物を濡れたと偽ったり、本当は仕事を休む必要がなかったのに漏水のせいで仕事を休まざるを得なかったと偽ったりするなどの過剰な請求を行った場合、詐欺罪(刑法246条1項)となるおそれがあります。
漏水事故と因果関係のある損害とは何か
以下では、漏水事故が起こった際の損害の考え方について、裁判実務上の考え方も踏まえつつ、主な損害項目を整理しました。
- 原状回復工事
漏水事故によって壁紙やフローリングなどが濡れてしまい、内装工事などが必要となる場合があります。原状回復のために必要となる工事代金は、漏水事故と因果関係のある損害として認められる場合が多いです。 - 家財など
漏水によって家財が濡れてしまい拭いたり乾かしたりしても元に戻らない場合や、電化製品が濡れて故障してしまった場合、これらは漏水事故と因果関係のある損害と考えられます。ただし、損害額をいくらと考えるかは難しい問題です。
購入してから漏水事故までの間は家財を使用していたことになるので、新品の購入価格全額が損害として認められるわけではありません。家財の損害額は、購入時からの経過期間を踏まえて減価償却をして算定することが多いのですが、それぞれの物の特性に応じて個別に検討する必要があります。
- 休業損害
業者による被害確認や、原状回復工事のために在宅する必要があり仕事を休まざるを得ない状況にある場合などにおいては、休業損害は漏水事故と因果関係のある損害として認められる場合もあります。損害額をいくらと考えるかについては、仕事の内容や収入などを踏まえて個別に検討する必要があります。
- 仮住まい費用、交通費など
漏水被害によって生活することができない状況にある場合や、漏水復旧工事の間に仮住まいが必要となる場合には、仮住まい費用が漏水事故と因果関係のある損害として認められる場合があります。また、仮住まいにより通勤や通学時の交通費の負担が生じた場合には、交通費も損害として認められる場合があります。
- 慰謝料・迷惑料など
財産的損害が生じた場合、基本的には①~④のように財産的損害に対する賠償を行うことで損害は填補されると考えられます。そのため、裁判例においては、漏水事故における慰謝料は基本的には認められません。
ただし、①~④のような財産的損害に対する賠償が行われても、なお回復できない損害が存在するような特別の事情がある場合には、例外的に慰謝料が認められている裁判例もあります。
漏水事故への対応に疲弊した、大事にしていた物が濡れてしまったという事情は「特別の事情」とまではいえず、このような理由にとどまるときは、慰謝料や迷惑料は認められない場合が多いのが実情です。
【慰謝料が認められた裁判例】
・上四肢機能障害により身体障害1級及び要介護区分2の認定を受け、車いす生活をしていた上、感染症にかかりやすい状態でもあった中、突如居室内に不衛生な生活排水が流れ出る事態となり、2か月以上の外泊を強いられた事案(東京地裁令和元年5月23日)
・漆を使用した美術品・工芸作品を制作するためのアトリエ兼生活工芸品(食器・什器等)を用いた講演会等を行うための事務所が漏水被害に遭い、芸術作品である販売用作品に汚損が生じた事案(東京地裁平成28年12月29日)
※上記はあくまでも一例であり、慰謝料は事案ごとの個別具体的な事情に基づき判断されます。
円満解決に向けて
漏水事故が起こると、損害確認や原因調査、復旧工事に時間がかかり、解決までに何か月も要することもよくあります。特に、加害住戸と被害住戸との間に第三者が入って話し合いが行われるような場合には、当事者同士で話をする機会が少ないために、お互いの状況を理解できず、すれ違いが生じてしまう場合があります。今後も同じマンションで生活していくご近所さん同士としては、できればお互い気まずい思いをせずに円満な関係を築きたいと考える方も多いのではないでしょうか。
加害住戸となった方の中には、漏水事故が起こった直後に、被害住戸の方に対して菓子折りを持参したり、謝罪のお手紙をお渡ししたりする方もいらっしゃいます。もちろん、必ず菓子折りを持参しなければならないというわけではありませんが、第三者に示談交渉を任せきりにせず、直接謝罪の気持ちをお伝えすることで、結果的に円満な解決ができたというケースもあります。
また、裁判ではなく話し合いによる解決を図る場合には、上記で整理した損害項目のほかに「見舞金」や「解決金」などを支払って示談とするケースがあります。
「見舞金」や「解決金」も、法律上の支払い義務があるものではありませんが、漏水事故によってご迷惑をおかけしたことに対する謝罪・お見舞いの気持ちを伝える手段、または円満解決に向けた歩み寄りの手段のひとつと考えられます。
最後に
漏水事故が発生した場合、まずは関係各所(管理会社など)への連絡を行い、なるべく損害が拡大しないように努めることが大切です。
また、漏水事故の被害者と加害者になったとはいえ、今後も同じマンションで生活をしていくご近所さん同士なのですから、誠実に話し合いを行って、円満解決を目指すことができればよいのではないかと思います。

2024年大和ライフネクスト株式会社入社、管理業務主任者試験合格。 コーポレート本部に所属し、管理組合におけるトラブル対応支援や関連法令の調査などを担当している。