ある100戸ほどのファミリー型マンションで、音をめぐるトラブルがありました。
「上の階の物音がうるさくて困る」
「耐えられないから何とかしてほしい」
管理会社の担当者と理事会で相談し、館内に騒音に関する注意喚起の貼り紙を掲示しましたが、残念ながら効果がありません。理事の一人から、騒音のトラブルを解決してほしいと管理会社へ連絡がありました。
管理会社の担当者は困ってしまいました。
なぜなら、管理会社は居住者間のトラブルの仲裁に入ることで、解決することは出来ないからです。
「マンションを管理する会社なのに、なぜ?」と思われた方もいるかもしれません。
今回は、意外と知られていない、管理会社と管理組合の線引きについて、両者の立場の違い、そしてマンション管理の主役は誰なのかについて考えてみたいと思います。
マンションを管理するのは「所有者」
賃貸マンションに居住することを想像してみてください。部屋を借りて住んでいる居住者なら、設備の不具合やお隣の生活音、マナー対する苦言などは、オーナーもしくは委託を受けた管理会社に申し入れをすると思います。実際にご経験された方も多いのではないでしょうか。
では分譲マンションは──? こちらにも管理会社の存在があることが多いので、一見すると賃貸マンションと同じ仕組みであるように見えてしまうかもしれませんが、実際はそうではありません。
それは、分譲マンションの場合、住戸を購入している自分自身が所有者=「オーナー(※1)」だからです。専有部分である住戸内の不具合対応の手配は所有者自身で実施しなければなりません。また共同で所有している建物共用部分の維持管理、またマンション全体に関わる生活音やマナーのトラブル解決も所有者同士で行う必要があります。
賃貸マンションのイメージのまま、「マンションは所有者である自分たちが管理するもの」という認識を持たずに、「管理会社にすべてお任せする」という考えは実は間違いであると言えます。
では、ここで分譲マンションの管理会社と所有者はどのような関係にあるのか、管理の仕組みをおさらいしてみましょう。
※1 共用部分などは、区分所有者全員または一部の共有となります
管理組合と管理会社とは
まず、分譲マンションには“管理組合”が存在します。これは所有者全員で構成される組織で、所有者は必ず管理組合の組合員となり、建物共用部分の管理に対する義務を負います。この管理組合が、建物の共用部分を管理していくのです。
しかし、管理と一口で言ってもその内容は多岐にわたります。マンション生活の基本的なルールを定めた「標準管理規約」を例にとると、建物の維持のための日常的な修繕、長期修繕計画の策定、大規模修繕工事の実施、管理費・積立金の管理、予算案の作成など、非常に幅広くあります。マンション管理は専門性の高い内容が多いため、実際にこれだけの内容を管理組合だけで行うのはとても大変であり、多くの管理組合は共用部分の維持管理を管理会社へ委託しています。
マンションで生活していると、管理会社だけがマンションを管理しているように見えるかもしれませんが、実際は管理組合こそがマンションを管理する主体なのです。
管理委託契約書って、何?
ところで、あなたのマンションの管理組合が、管理会社とどのような契約を結んでいるのかをご存じでしょうか。基本的な内容は「管理委託契約書」に記載されており、管理会社はこの契約書に基づき管理業務を行っています。マンションによって契約の内容は個々に違ってくるものの、今回は、多くの管理会社が準拠している「マンション標準管理委託契約書」を例に条文の内容を確認してみましょう。
標準管理委託契約書は25の条文からなっています。一般的な契約書と同様に、取引内容、報酬・支払い条件、秘密保持、契約の更新・解除について記載され、特に重要な管理の内容や実施方法については第三条に定められており、別表に詳しい内容が記載されます。
管理会社はあくまで受託者であり、契約の範囲内で業務を行う立場となります。管理組合の指示を受けて管理会社は業務を行いますが、契約書に記載のない内容については管理会社の対応範囲外ということになります。
例えば、冒頭で紹介した音のトラブルのように、居住者間のトラブルの仲裁などは、非弁行為に該当するため、契約の範囲に含むことはできません。
管理組合は、共用部分の管理に関する意思決定を行ったり、管理会社の業務内容をチェックする必要があります。管理会社が独断で管理を進めることができない仕組みになっているのです。
マンションで起こるトラブル事例
ここまで、管理組合が管理の主体であり、管理会社は委託を受けて実務を行うことに触れましたが、それぞれの立場について認識がずれてしまうと、トラブルとなってしまうことがあります。管理会社が対応できる内容なのか、管理組合で解決する必要がある内容なのか、いくつか事例を取り上げて考えてみましょう。
■ケース1:なぜ防犯カメラを増やしてくれないのか
車の交通量が多く、繁華街に近いマンション。オートロックがあり、防犯カメラも設置されていたものの、駐車場で車上荒らしが発生してしまった。事件後、警察が防犯カメラで犯人を判別しようとしたが、カメラの数が少なく録画機もアナログのもので判別が不可能であった。事件を受けて、管理会社の担当者より提案があり、理事会は防犯カメラの増設、高画質な録画機を検討したが、現状より性能の良いものは金額が高く、予算内では導入が難しく断念した。すると、「なぜ防犯カメラを増やしてくれないのか、生活を守るのが管理会社の仕事だろう」と区分所有者から怒りの電話が管理会社の担当者に入った。
管理会社の担当者が防犯カメラの増設を提案したとしても、実際に導入を決定するのは管理組合です。今回のケースにおいて、管理会社の立場では、提案や情報提供は可能ですが、それ以上のことをすることはできません。こういった場合は、理事会で提案を検討し、総会に上程するなど、管理組合内で導入を進めていただく必要があります。
■ケース2:理事同士の意見が合わない
都内近郊の築20年のマンション。管理組合の理事長は他の役員と意見が合わず、どうやら積立金の値上げの件で対立しているらしい。時には理事同士の議論が白熱し過ぎてしまい、理事会が数時間に及ぶことも。理事会には管理会社の担当者も参加していたが、理事長から管理会社はどちらに賛成なのかと言われた。
多様な考えを持った方が集まって暮らすマンション。意見が合わないことも少なくありません。しかし、前へ進むためには理事同士の協力が大切です。管理会社はどちらかに賛成したり、仲裁を行うことはできませんが、そうではなく、第三者的な立場で積立金のシミュレーションや他マンションの事例紹介など、ノウハウでお役に立てることがあります。こういった場合には、まずは基本に立ち返り、長期修繕計画の見直しやお住まいのマンションの将来像について話し合うなど、理事同士で目線を合わせて、目標を共有することから始めてはいかがでしょうか。
管理組合と管理会社はパートナー
大切な資産であるマンションを適切に管理するためには、まずは所有者が「自らが管理の主体」であることを意識することが大切です。
管理会社に委託しているとしても、マンション管理のすべてを任せることができるわけではなく、あくまで決定権は管理組合にあります。管理組合と管理会社は互いにより良いマンション管理を行うための協力関係にあり、いうなればパートナーです。
適切な管理への第一歩として、あなたの管理組合と管理会社との管理委託契約書を改めて確認してみましょう。管理会社に何を委託しているのか。そして管理組合として積極的に取り組むべきことは何か。より良いコミュニティの醸成に力を入れたり、組合活動に興味を持ってもらい、総会への出席を促すことも大きな一歩となるでしょう。
管理組合の運営は、経営のような難しさがあります。専門的な内容や運営のノウハウなどは、管理会社の持つ知識や経験を活かすことも一つの手段です。管理組合と管理会社が手を取り合っていくことで、きっと将来のマンションライフはより豊かになるのです。