区分所有法改正で検討されていないこと 〜決議要件の「4分の3」を「3分の2」にしたり、出席区分所有者だけで決議したりすると議案が可決する可能性はどのくらい変わるのか〜

マンションの法制度
区分所有法改正で検討されていないこと 〜決議要件の「4分の3」を「3分の2」にしたり、出席区分所有者だけで決議したりすると議案が可決する可能性はどのくらい変わるのか〜

 区分所有法の改正が議論されている。2022年9月には区分所有法制研究会から「区分所有法に関する研究 報告書」(以下「報告書」という。)が公表された。
 https://www.kinzai.or.jp/legalization_manshon.html

 報告書の中では、建替え決議の要件緩和のほか、①「共用部分の変更決議」における多数決要件の緩和や、②出席者のみの多数決による決議を可能とすることについて検討がされている。本レポートではこの2つの案が仮に実現した場合に、実際の管理組合の決議がどのように変化するのか、総会議案書、議事録から分析を行った。

1.「共用部分の変更決議」における多数決要件の緩和

 組合員数及び議決権総数の4分の3以上の賛成を必要とする「特別決議」のうち、共用部分の変更決議において、それを3分の2や過半数に緩和してはどうかという案が議論されている。共用部分の変更決議が成立しないと適切な修繕工事がされず、管理不全に陥る可能性がある。
 報告書では、次のように改正することを検討している。

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 ところで、この3分の2という数字はどこから出てきた数字だろうか。
 適切な数値は何かを検討する場合は、はじめに目標とすべき状態があって、それを達成するためにはどのくらいの変更が必要かを検討するのが通常の考え方であろう。例えば、二酸化炭素排出量を20xx年の状態にしたい、そのためには現在の状態からX%の削減が必要、という逆算で考える。
 しかし、今回の区分所有法の改正議論では、特別決議が現状何%否決されている状態なのか、それを何%にしたいのか、現状の数値も改正後の目標となる数値も今のところ示されてはいない。
 もしかすると、3分の2に緩和したところで、現状と状況は変わらず、議案が成立しない管理組合は減らないかもしれない。反対に3分の2に緩和すると、考慮するべき反対意見が見逃されてしまうのかもしれない。指標がない状態では、管理組合が目標とする状態が見えにくい。
 そこで、大和ライフネクストの受託する管理組合の総会議案書、議事録から総会議案データを分析し、区分所有法改正を考えるにあたって検討すべき数値について検証した。 

調査の対象

 大和ライフネクストが管理を受託する管理組合における2020年1月から12月までの総会議事録から、議案名・議案数・決議の結果を調査した。
 なお、総会議案書において、下記の議案はいずれのマンションにおいても毎年審議されているため、調査の対象からは除外している。
 ①決算報告、事業報告承認の件
 ②管理会社との管理委託契約締結の件
 ③予算案承認の件
 ④次期管理組合役員選任の件
 また、調査年を2020年としたのは、2021年において半導体不足等による影響があり、修繕工事に関する議案が通常の年よりも減少していると考えられるためである。

特別決議と普通決議の割合

調査の結果、1,085組合3,317議案が総会にて審議されていた。
 この3,317議案は普通決議か特別決議かを分類したところ、普通決議は2,630件(79.3%)特別決議は687 件(20.7%)であった。(図1参照)

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議案が成立しない3つのケース

 議案が成立しないケースを否決・採決なし・定数不足の3種類に分類する。
 普通決議の場合
 ①総会は半数以上の組合員が出席し成立、賛成者が出席組合員の過半数に満たないケース、これを「否決」と定義する。 
 ②総会は半数以上の組合員が出席し成立、何らかの理由で議長が議案を取り下げ、採決しなかったケース、これを「採決なし」と定義する。
 特別決議の場合
 ③総会の出席者は組合員数及び議決権数の4分の3以上あるが、賛成者が4分の3以上に満たないケース、これを「否決」と定義する。 
 ④総会の出席者は組合員数及び議決権数の4分の3以上あるが、何らかの理由で議長が議案を取り下げ、採決しなかったケース、これを「採決なし」と定義する。
 ⑤総会の出席者が組合員数及び議決権数の4分の3以上に満たないケース、これを「定数不足」と定義する。

 普通決議では、2,630件の議案のうち、可決 2,546件(96.81%)、否決57件(2.17%)、採決なし23件(0.87%)、議事録保管なし4件(0.15%)であった。定数不足の決議はない。(図2参照)

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 特別決議では、687件の議案のうち、可決632 件(92.0%)、否決19件(2.8%)、採決なし27 件(3.9%)、定数不足8件(1.2%)議事録保管なし1件(0.1%)であった。(図3参照)

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4分の3から過半数に至るまでの分数

4分の3(75.0%)から過半数(50.0%以上)に至るまでの分数は、3分の2ばかりではない。3分の2は66.6%であるが、5分の3は60%となる。決議要件の緩和の検討には、3分の2以外の5分の3や7分の4とった数値は検討されていない。

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特別決議における否決

 否決事例19件の内訳は下記の通りである。(表1参照)

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 否決事例19件のうち、議事録に賛成者数の記載があるものは16件であった。賛成数の記載のない議事録とは「採決の結果、組合員数及び議決権数の4分の3を満たしておらず、本議案は否決されました。」等の記載はあるが、具体的な賛成者数、反対者数の記載がないものである。
 賛成数の分かる16件の否決議案について改正後の数値をあてはめると次のようになる。
 ● 組合員数、議決権数の3分の2(66.6%)に改正された場合に、可決に転ずる議案は5件
 ● 組合員数、議決権数の5分の3(60.0%)に改正された場合に、可決に転ずる議案は7件
 注目すべきは、会場参加者の反対数である。案件番号6〜10、12、16を見ると、反対者数の大半が会場参加者であったことがわかる。さらに議事録を確認すると、会場での質疑応答が進むに従い、反対論に傾いていく様子が伺える。つまり、会場での議論の結果として、否決されたのである。こうした議論の後に意思を持って否決された議案を、あえて議決権を緩和することで可決させる必要があるのかは疑問である。

特別決議における採決なし

 総会議案書に配布された議案について議長が採決しないことについては、疑義があるだろう。しかし実際には、採決しないと議長が判断するケースが、否決よりもむしろ多いことには注目しなければならない。(表2参照)
 議事録を読むと、壇上に立つ理事長の苦悩が浮かぶ。多くのケースでは、否決議案と同様に会場での質疑応答が進むに従い、反対論に傾いている。会場を二分するような意見の対立が伝わってくるケースもある。こうした場合に、議長が「総会に上程する前の理事会での審議が不足していました。議案を取り下げ、次期理事会に再度審議していただくようにします。」等の宣言をして、採決していない。
 特に案件番号29のケースでは、採決していれば可決していたところ、会場出席者10名全員が反対意見となったため理事長が採決しないこととしている。委任状や議決権行使書の数ではなく、会場参加者の意見に従った形だ。
 区分所有者同士は総会が終了するとご近所同士に戻る。賛否の決議とることによって対立が鮮明化され、ご近所同士の関係が悪くなる怖れもある。決議より人間関係を大切にし、白紙に戻してやり直したいという心理が働くのは致し方ないことでもあろう。

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 議事録の一部を紹介しておこう。
 ● 議決権行使書が賛成多数だからといって可決していいのか。議決権行使書の提出はあっても、今日の議論に参加していない。丸を付けただけで、正しく理解していない可能性がある。
 ● 過去に工事を検討した時は、意見交換会、工事説明会などの開催を経て決議し、そのあともう一度話し合いの場が持たれている。今回はそうした手続きが取られていない。 
 ● 4分の3ではなく、全員の合意が必要な議案なのではないか。
 ● この場で採決しても反対多数が目に見えており、また説明不足という声も多数出たことから、この場での採決は見送り、次期理事会にて審議してもらうべきではないか。

 なお、採決するべきではないとする会場意見に対し、最終的に理事長が「すでに議案が総会に上程されているため、決議する必要があります。」として決議し、否決となった議案もある。

特別決議における「定数不足」

 否決、採決なしのケースは、区分所有者または議長が意思をもって可決させなかったケースである。しかし、定数不足は状況が異なる。総会が成立したとしても、そもそも4分の3の賛成はなく、可決しないことが最初から分かっているからだ。特別決議において問題となるのは、否決でも採決なしでもなく、この定数不足ではないか。
 定数不足の8件の内訳は下記のとおりである。(表3参照)
 2020年の議決権総数3,317件の割合からすると、わずかに0.24%にすぎない。しかし、この8件が深刻な状態であることがわかる。

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いずれの場合も議事録には「4分の3に満たないため否決されました。」との宣言が議長からされ、会場参加者の意見が賛成であるのか、反対であるのかの記載はない。
 さらに、いずれの場合も会場参加率も否決(平均36.1%)、採決なし(31.3%)と比較して定数不足(12.5%)と半数以下になっていることが特徴である。案件番号47は、会場出席者は理事長1名、案件番号49は理事長と理事2名のみの参加である。 
 8件の定数不足議案について改正後の数値をあてはめ、出席者全員が賛成である仮定すると次のようになる。 
 ● 組合員数、議決権数の3分の2(66.6%)に改正された場合に、全員が賛成し可決に転ずる議案は6件
 ● 組合員数、議決権数の5分の3(60.0%)に改正された場合に、全員が賛成し可決に転ずる議案は7件
 ● 組合員数、議決権数の7分の4(57.1%)に改正された場合に、全員が賛成し可決に転ずる議案は8件
 定数不足については、組合員数、議決権数の3分の2の改正であっても、全員が賛成すれば8件中6件は可決する議案になることから、効果はあると考えられる。

 特別決議をしようにも定数不足となる状態にある管理組合を、法改正により決議しやすくすることには異論がない。しかし、否決や採決なしを定数不足と同様に扱うと、区分所有者の反対の意思が反映しにくくなる可能性があるのではないか。
 特に否決においては、会場参加者の意思が決議に及ぼす影響が大きいにも関わらず、委任状や議決権行使書の賛成数で決議されやすくなることは避けるべきではないか。定数不足の問題は、否決や採決なしとは別に議論するべきであろう。

2.出席者のみの多数決による決議を可能とすること

 報告書では、次のように改正することを検討している。

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普通決議

 図2で示した通り、普通決議については定数不足により可決できないケースは存在しない。通常、管理会社が受託しているマンションでは、管理会社からマンション標準管理規約に準拠した管理規約の改正が提案される。こうしたことから、ほとんどすべての管理組合において、普通決議は出席組合員数の過半数で決議できることが規約に定められている。報告書が懸念しているような規約の規定が存在せず、絶対多数決が必要な管理組合がないことがその理由である。

特別決議

 報告書イ、①②は、特別決議について組合員数、議決権数を出席組合員数、出席議決権数に緩和しようとする案である。
 16件の否決議案について出席組合員数、出席議決権数に改正された場合に可決に転ずる決議は4件である(案件番号、1、2、9、14 表4参照)。
 ただし、いずれの場合も、組合員数、議決権数のままであったとしても70%を超える出席があり、次年度以降に再度審議できる可能性はある。決議したくてもできないといった定数不足のケースとは異なる。

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 定数不足の8件の事例では、出席組合員、出席議決権数は58.8%~74.3%となっている(表3参照)。出席組合員、出席議決権数に対する4分の3に改正された場合、組合員数、議決権数に対する割合は44.1%〜55.7%となり、現在の75%から大幅に引き下げられる印象がある。組合員数、議決権数の3分の2に緩和するよりさらにもう一段階下げる緩和になるということだ。

3.最後に

 区分所有法の改正により、管理組合が決議しやすくなることには賛成である。ただし、数のアプローチにおいては、本レポートがあきらかにしたように、実態の数値を改正後の数値に当てはめるなどして十分に検証を行い、議案を可決させることだけを優先するのではなく、議論の結果が適切に反映できるようにするべきである。管理組合のあるべき姿に近づけるような改正となるよう、管理組合、そして管理業界全体が今後の議論に期待しているだろう。

区分所有法改正で検討されていないこと 〜決議要件の「4分の3」を「3分の2」にしたり、出席区分所有者だけで決議したりすると議案が可決する可能性はどのくらい変わるのか〜[0.3MB]

久保 依子
執筆者久保 依子

マンション管理士、防災士。株式会社リクルートコスモス(現株式会社コスモスイニシア)での新築マンション販売、不動産仲介業を経て、大和ライフネクストへ転籍。マンション事業本部事業推進部長として主にコンプライアンス部門を統括する傍ら、一般社団法人マンション管理業協会業務法制委員会委員を務める。

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