「大規模修繕工事の検討時期に差し掛かっているけれど、必要な資金が足りない」
「修繕積立金を値上げしたばかりで、これ以上の収入増加も難しい」
こんな悩み──築年数の経過に伴い、多くの管理組合が直面する問題だ。日常的な修繕の支出は増える上、収入を増やす施策として積立金の値上げにも限度がある。そこにさらに大規模修繕工事の支出となれば、頭を抱えるのも当然だ。
多くのマンションが直面するこの問題。少しでも助けになることを願って、このコラムではマンションの計画上の資金不足解消の方法とそのリスク、建物調査診断の有効性について考えてみる。
マンションの資金問題、どこでもあり得る話
筆者はマンション管理会社のフロント担当としてマンションに関わってきたが、多くのマンションが長期修繕計画上、特に2回目・3回目の大規模修繕工事の際の資金不足に頭を悩ませている現状がある。
実際、私が関わるマンションでも、「計画上向こう30年の資金が潤沢で心配が一切ない」といったマンションは非常に稀である。なお、資金不足の原因は以下をはじめマンションによってさまざまだ。
・過去、積立金を上げてこなかった。
・積立金を上げてはいるが、足りていない。
・工事金額が計画上の金額より高くなり、想定外の支出が発生した。
昨今、上記のような理由による資金状況の悪化から、大規模修繕工事を計画時期から先送りにするケースが増えてきた。
ウェブ上にはマンションの大規模修繕工事の先延ばしに関する情報が多く見られ、中には管理組合の資金不足解消のニーズに応えようと、施工方法や使用する部材等を従来のものより高品質な仕様に変更することで大規模修繕工事の実施時期を前回工事から18年後にできると謳う商品も出てきているようだ。
具体的には、施工会社が保証する年数を延ばすために、外壁や鉄部の塗装に使う塗料を品質のいいものに変える施工などが挙げられる。
しかし、たとえ築年数と規模などの条件が全く同じマンションがあったとしても、その周辺環境や生活状況によって劣化箇所や状況は建物ごとに違い、中の設備や躯体の構造も全く異なる。あるマンションで、先述したような商品を使ってうまく周期が延ばせたからといって、他のマンションにも当てはまるとは限らない。
ちなみに一般的に大規模修繕工事の周期は12年と認識されてきた。これは、平成20年に国土交通省より公示された、「長期修繕計画作成ガイドライン」で示された大規模修繕工事の主な項目である外壁の塗装工事等の周期の参考例に12年と記載されていたことが理由と推測される。
上記の一般的な周期を踏まえた実際の大規模修繕工事の実績を見てみよう。国土交通省による「令和3年度マンション大規模修繕工事に関する実態調査」の結果において、大規模修繕工事の平均修繕実績としては、「13年」が最も多く、次いで「12年」「14年」「15年」の順となっている。
これらのデータから見ても、一般的な周期である12年からの大規模修繕工事の先延ばしは、そこまで多くのマンションで行われていない。
また、大前提として、日常生活の中で私たちの目に入る箇所は限られており、屋上や壁面タイルなどの劣化は気付くことが難しい。大きな劣化が見受けられないからといって、根拠なく周期を延ばしてしまうことには大きなリスクが伴うと言わざるを得ない。
建物の劣化に伴うリスク
では、ここで根拠なく修繕工事を延期した場合に想定されるリスクについて、いくつか見てみよう。
◆タイル(外壁面)の剥落
マンション外壁面がタイルに覆われているマンションについては、タイルの剥落による事故の発生。そして、事故後の対応の放置や長期化に伴う資産価値の低下などの可能性が考えられる。
タイルは、時が経過するにつれて付着力が弱まり、浮きが発生する。その浮きを放置することで、最終的にタイルが剥がれ落ちる可能性があり、仮に剥がれ落ちたタイルが通行人の頭上に落ちたらどうなるか。場合によっては怪我だけでなく、死亡事故にまで発展するかもしれない。また、事故後の適切な修繕が行われず放置された場合、マンションの資産価値が低下することもあり得るだろう。
◆漏水の発生
さらに考えられるのは、防水処理の劣化による漏水の可能性だ。マンションでは建物内部を雨水等から守るため、屋上や壁面に防水処置が施されているが、その効果は永続的ではない。防水処置が劣化すれば、屋上や壁面から雨水が宅内に侵入することも考えられる。
皆さんも考えてほしい。自身が居住する空間が水浸しになるのだ。日常生活を送ることが困難になる場合もあるだろう。さらにこの場合、漏水の加害者は管理組合、被害者は居住者となる。場合によっては、漏水の原因は管理組合の管理不行き届きとして、両者に確執が生まれる可能性も否定できない。
建物の劣化により考えられる重大なリスクとして上記の2つが挙げられるが、それ以外にも美観の低下などがある。また、最悪の場合、劣化を放置したことで原状復旧に予定以上の費用が発生するケースも考えられる。
適切な時期に建物調査診断することの重要性
では上で述べたようなリスクを避けつつ、安全に支出削減するにはどうしたらいいのか? そこで必要なのが、建物調査診断だ。
この調査の目的は、建築のプロの目を通して建物の劣化状況を把握すること。普段目につかない部分をも含めた建物全体の状況を把握することで、大規模修繕工事を「いつ」「どこを」「どのくらいの費用をかけて」実施することが望ましいか、根拠をもって検討することができる。言い換えると、診断なしでは、大規模修繕工事を「いつ」実施するべきか、「どこ」は今は実施しなくてもいいのか等の具体的な検討をすることができない。
なお、破壊調査については、1回目の大規模修繕工事を検討している築年数が浅いマンションでは不要となる場合もあるため、実施の必要性については、建築事務所や管理会社に相談するのがいいだろう。
このように建物調査診断ではさまざまな観点から建物の劣化状況を確認しており、居住者や近隣の生活に影響を及ぼすような事故が起こる前に、いつ大規模修繕工事を実施する必要があるかを知ることができる。なお、費用については、マンションの規模や形、調査会社によってさまざまなため、管理会社や設計事務所に相談することをお勧めする。
建物診断調査結果を基に検討する意義
皆さんも年に1度、健康診断を受け、自分の身体の悪い箇所や健康状態を把握し、必要に応じて治療を受けていると思うが、建物も同様である。
定期的な調査で「タイルが浮いていないか?」「防水の性能が落ちていないか?」といった建物の状況、劣化具合を把握し、その結果を元にいつ、どのように修繕するかという計画を立てるのだ。
逆に言えば、この調査で状態が良好であると判断された箇所については、修繕時期延長の検討も可能ということである。建物診断調査はできる限り安全性を担保しつつ、支出を抑えるにあたって、有効な調査であるといえる。
ここで建物調査診断の結果を踏まえて大規模修繕工事を検討した事例を見てみよう。
【診断の結果に基づき大規模修繕工事の実施時期を計画より延期できたマンションの事例】
22期を迎えるマンションAは、24期に予定されている第2回大規模修繕工事を前に、建物診断調査を実施した。
その結果、共用廊下の防水には経年相当の劣化が見られたものの、外壁タイル及び防水のためのシーリング材、屋上の防水は比較的良好な状態であることが分かったため、足場をかけた大規模修繕工事は前回大規模修繕工事から14年後である26期まで延期することを決定。
このように、調査結果を基に大規模修繕工事の検討を進めたことで、このマンションでは26期まで不具合等の問題は発生せず、安全に支出を抑えることに成功した。
建物の劣化がどの程度進行しているか分からない中で大規模修繕工事を先延ばしにすることは大きなリスクを伴う。場合によっては、リスクの部分で述べたように、資金不足以上の問題を引き起こす可能性すらある。
資金が不足している状況では、大規模修繕工事を先延ばしにする選択肢も考えられ、その選択肢を否定するわけではないが、根拠をもって大規模修繕工事の実施時期を判断してほしい。
安心・安全な住空間の維持のため、前回大規模修繕工事から10年前後を目処にした建物調査診断の実施についてぜひ前向きに検討いただきたい。