防火管理者を選任することは「義務」
今回は「防火管理者」のお話ですが、企業や店舗における火元の責任者であることは分かっても、具体的に何をする人なのかは今ひとつ分からないという方も多いのではないでしょうか。
実はこの防火管理者、一般的な共同住宅(マンション)においても選任が義務付けられているのです。
分譲マンションにお住まいの方なら、こんな経験はありませんか?管理組合活動において「必ず誰かを選任しなければいけない」「毎年1名役員から出すことになっている」といった理由で防火管理者を選任した、またはご自身がなったことがあるなど。人によっては「仕事でとった防火管理者の資格がこんなところで役立った」なんて方もいるのではないでしょうか。
このように、防火管理者の選任義務制度は「選任すること自体」が目的になるばかりで、本質を理解して消防に関する取り組みや対策に向き合っているマンションは少ないといった問題があります。
今回は、そんな防火管理者制度について深掘りしていきましょう。
そもそも防火管理者とは何か
「防火管理者」とはどういった立場なのか、という基本的な部分からおさらいすると、
消防法(8条1項)
複合用途防火対象物その他多数の者が出入し、勤務し、又は居住する防火対象物で政令で定めるものの管理について権原を有する者は、政令で定める資格を有する者のうちから防火管理者を定め、政令で定めるところにより、当該防火対象物について消防計画の作成、当該消防計画に基づく消火、通報及び避難の訓練の実施、消防の用に供する設備、消防用水又は消火活動上必要な施設の点検及び整備、火気の使用又は取扱いに関する監督、避難又は防火上必要な構造及び設備の維持管理並びに収容人員の管理その他防火管理上必要な業務を行わせなければならない。
とあります。
この防火管理者の具体的な業務ですが、選任義務の根拠となる上述の条文にも記載がある通り、消防法施行令第3条2にも定められています。
主な項目を抜粋すると
①消防計画の作成
②消防避難訓練の実施
③消防設備や消防に関する施設の点検及び整備
④火気の使用または取り扱いに関する監督
⑤避難または防火上必要な構造及び設備の維持管理
⑥収容人員の管理
⑦その他防火管理上必要な業務を行うこと
⑧必要に応じて管理権原者に指示を求め、誠実に職務を遂行すること
以上、大きく分けて8項目。
日本防火・防災協会では、防火管理者は「多数の者が利用する建物などの『火災等による被害』を防止するため、防火管理に係る消防計画を作成し、防火管理上必要な業務(防火管理業務)を計画的に行う責任者」としています。
そして選任されるための要件として
1.防火管理業務を適切に遂行することができる「管理的、監督的地位」にあること
2.防火管理上必要な「知識・技能」を有していること(防火管理講習修了者、学識経験者等)
という以上の2点が定められています。
また、防火管理者の選任義務の開始は、消防法の制定時である昭和23年にまで遡ります。
当時は「防火責任者」と呼ばれ、条文には「居住する」という文言はなく、学校や工場百貨店の消防に関する責任者としての立ち位置でした。これが、昭和36年の改定時に「居住する」という文言が追記され、名称も防火管理者に変更されたのです。
共同住宅の防火管理者を取り巻く現実
防火管理者の定義が分かったところで、今度は現実の問題に目を向けてみましょう。
【火災件数について】
防火管理者の使命ともいえる消防について、近年の火災件数はどうなっているでしょうか。令和3年の総務省消防庁のデータによると、全国の火災事例は以下の通りです。
火災件数:35,222件
建物火災:19,549件
このうち共同住宅の火災件数は3,334件となっています。(火災件数の約9%、建物火災の約17%)。
全国の共同住宅の件数は、230万棟(総務省統計局参照)であることからすると、1年間で火災が発生した件数は0.1%。また、建物火災は件数の最も多かった昭和48年の42,551件から毎年減少傾向にあり、そのうち共同住宅の割合も同様に減少傾向にあります。
【選任のハードルについて】
次に、防火管理者の選任のために必要となる資格取得について見ていきましょう。
選任するために必要となる資格、甲種(もしくは乙種)防火管理者の資格を持っている人は、マンション居住者のなかでも少なく、新規で取得するには、平日を中心に設定された講義日程で2日間の受講が必須であるため、日中仕事をしている人にとってはハードルの高い現状があります。
とある120戸超のマンションでは、選任義務をクリアするために継続して防火管理者となっていた人がマンションを離れることになったため、アンケートで資格保有状況を調査したところ、資格保有者は3名しかおらず、いずれも資格取得日は10年近く前だったという事例があります。
【業務遂行について】
このように、防火管理者の選任には一定のハードルがありますが、選任後の業務遂行についてはどうでしょうか。
冒頭で触れた通り、防火管理者は主に
①消防計画の作成
②消防避難訓練の実施
③消防設備や消防に関する施設の点検及び整備
④火気の使用または取り扱いに関する監督
⑤避難または防火上必要な構造及び設備の維持管理
⑥収容人員の管理
⑦その他防火管理上必要な業務を行うこと
⑧必要に応じて管理権原者に指示を求め、誠実に職務を遂行すること
と多くの業務があり、1人で遂行することは困難なため、実際はほとんどの項目を外部に委託していたりと、管理組合等と協力して実施することが不可欠な状態です。
つまり、防火管理者として選任されていても、消防設備等の点検や消防訓練の実施は管理会社や専門業者に任せているケースが多く、防火管理者としての業務すべてを自身で遂行していると言い切れる防火管理者は少ないと考えられます。
実態の伴わない選任より意味のある対策を
ここまで、皆さんは防火管理者の選任義務についてどう感じましたか。
現実に問題となっている課題をまとめると、
・防火管理者の新規取得のための講習受講はハードルが高い
・防火管理者の業務を一人で行うことは困難
といった2点が挙げられます。
火災件数が減少傾向にあるとはいえ、耐火性の高いマンションにおいても火災のリスクがゼロとは言い切れません。日常から火災には十分注意し、もしもの場合に備える必要があるのは当然のことといえます。
「講習の受講」は個人としての協力を仰ぐしかありませんが、「業務を一人で行うことは困難」という課題は、住んでいる皆さん「一人ひとり」が実際の火災をイメージして防火管理者に協力することで、減らせることができるのではないでしょうか?
・ 実際に火災が発生したときにどの経路でどこに逃げるのか
・ また、どこに連絡をするのか
・ 初期消火活動ができる場合、マンションのどの設備が使えるのか
上記のような火災発生時の一般的な対応方法はもちろん、火災による被害が発生した場合の想定もしておきましょう。
・ 隣の居室からの火災によって自室に被害が発生した
・ 火災によって窓ガラスや玄関扉の交換が必要になった
・ 消防隊が上階の消火活動を行ったことによって水濡れ被害が発生した
・ 居室から火災が発生したが、該当の部屋の入居者状況が居住者だけでは分からなかったので火災発生直後に安否確認ができない
こうしたことを念頭に置いた対策として
・ 定期的に火気の使用に関する注意喚起を行ったり、入居者名簿を更新・保管場所を周知したりすることで、防火管理者の業務を住民がサポートする。
・ 消防/避難訓練だけでなく、マンションの火災保険に関する補償範囲や各組合員が加入する保険の情報提供を行い、火災による被害が発生した後のことを想定しておく
実際に火災が発生した場合、鎮火後に防火管理者や理事長に対して消防隊から状況説明や聞き取りが行われることもあります。
また、こういった対策を防火管理者一人で企画していくのは困難であるため、防火管理者の負担軽減を目的として
・ マンションの理事のなかから防火・防災担当理事を決め、毎年の理事会で消防に関する議論(消防訓練の実施、設備の点検結果をふまえた保守管理)ができるようにする。
・ マンション全体で防火管理者資格の取得状況を確認し、防火管理者を定期的に交代できるような仕組みづくりを行う。
(入居者名簿に防火管理者の資格を取得している旨を記載してもらう、各階ごとに資格取得を行い数年ごとに交代する、新規取得を推進するために管理組合として報酬金を設定する など)
上記は一例に過ぎませんが、こうした取り組みを行うことでマンション全体として火災に備えることができるほか、防火管理者に関する課題の解決にもつながるのではないでしょうか。