1.はじめに
新築マンションは、事業主が最新の環境負荷に配慮した設備を導入するなど、環境負荷削減への対応が進んでいる。企業活動において地球温暖化対策とコストの削減は両立し難く、むしろ積極的に投資しなければ消費者や投資家の理解は得られないことはよく知られている事実である。マンションでも多くの居住者が企業人であり、生活者としても環境負荷削減への対策が必要であることはよく理解されているであろう。
しかし、理事会、総会の議案書等を確認すると、管理組合ではまず「費用が削減されること」の議論が優先される傾向にあるようだ。残念ながらコストを負担してでも環境負荷の削減に取り組もうとする機運になりにくい現状が垣間見える。また、新築分譲時に事業主が導入した最新の設備が維持できない状況に置かれたマンションもある。
マンションもまた社会インフラであり、環境負荷の削減に取り組まなければならない。今回は管理組合の環境負荷削減対策の現状をレポートする。
2.屋上緑化・壁面緑化の設置
屋上緑化や壁面緑化の設置は建物の温度上昇の抑制のほか、ヒートアイランド現象の緩和や緑地のもつ精神安定効果などが期待されると言われている。
当社受託管理マンションにおける屋上緑化・壁面緑化の設置状況は図1の通りである。
1)設置と撤去の推移
屋上緑化、壁面緑化が設置されているマンションは93件、すべて新築分譲時から設置されており、管理組合にて設置したマンションはない。また、そのうち3件はすでに撤去されている。新築分譲時の設置も2013年をピークに件数が減少している。
2)撤去の理由
撤去した3件の撤去事例について総会議案書、議事録からその理由を調査した。
● 屋上に上がることが難しく、日常的なメンテナンスが困難なこと、メンテナンスしようとする場合、追加の費用がかかること...3件
● 大規模修繕工事の度に撤去と復旧に多額の費用がかかること...3件
● 検討中の大規模修繕工事において復旧工事費用分の予算が不足していること...1件
● 雑草が繁茂しやすく、小動物が巣を作っていることが疑われること
(衛生上の問題)...1件
3)今後の推移
築12年を経過した2件のマンションでは、大規模修繕工事をきっかけにその撤去と復旧、メンテナンスにかかる費用が問題となり、撤去したままとすることを選択している(図1参照)。
新築分譲時から設置されているマンションの多くはこれから築12年を迎え、大規模修繕工事を検討または実施する段階に入る。事例マンションと同様に復旧費用やメンテナンスコストが問題になる管理組合も出てくるであろう。そうなれば今後も撤去の件数は増加するものと考えられる。
例えばオートロックや宅配ボックスのように様々な施設、設備は新築分譲時に当たり前のように設置されるようになると、その後、既存マンションでも管理組合にて設置を検討するようになる。屋上緑化はそうした設備にはなり得ておらず、全体として減少傾向をたどっていくものと考えられる。
3.電気自動車充電器設備
ガソリン車から温室効果ガスを排出しない電気自動車の普及には充電設備の設置が必要となる。政府も充電設備の設置に目標を掲げ、「充電設備」の設置を実現しようとしている。
当社受託管理マンションにおける充電設備の設置状況は図2の通りである。
1)設置の推移
新築分譲時から充電設備が設置されいているマンションが46件、管理組合にて後から設置したマンションが5件ある。新築マンションでの設置は2011年頃からスタートしているが、2013年をピークに減少傾向にある。また、管理組合にて後から設置したマンションがある一方で、新築分譲時から設置されているマンションでも、撤去には至らないがメンテナンスを中止し、利用しないとしたマンションが3件ある。
2)設置の理由
管理組合にて後から設置したマンションの設置理由について総会議案書、議事録から調査した。
● 資産価値の向上を図ることができる...5件
● 今後、電気自動車の普及が見込まれること...5件
● 設備の設置のあたり補助金の交付を受けることができ、管理組合の負担が少ないこと...5件
● 電気自動車を購入したいという居住者から管理組合に設置の要望があったこと...1件
● 事業者から、利用者のみに電気料金を課金できるアプリの提案があったこと...1件
3)利用中止の理由
メンテナンスを中止し充電設備を利用しないとしたマンションについてその理由について調査した。
● 居住者の利用がないこと...3件
● 月額メンテナンスコストを削減するため...3件
なお、いずれの管理組合でも電気自動車を購入し使用したい居住者が現れた場合にはメンテナンスを再開することとしている。
4)今後の推移
マンションみらい価値研究所レポート「消えゆく機械式駐車場」で述べた通り、マンションでは必要とされる駐車場台数が減少し、修繕費用の削減を目的として機械式駐車場の撤去が進んでいる。
駐車場には費用をかけないという流れがある一方で、新しく充電設備の導入を進めるには補助金制度が今後も継続されなければ難しいであろう。
管理組合では、実際に利用したい居住者がいるから設置する、希望者がいないから中止するといった利用者の存在の有無が判断のターニングポイントとなっているようである。鶏が先か卵が先かという議論に陥りそうではあるが、マンションにおいては電気自動車の普及が進まなければ充電設備の普及も進まないと考えられる。
4.太陽光発電設備
太陽光発電は再生可能エネルギーとして有名な設備であり、メガソーラーや戸建ての屋上などでも広く設置されるようになっている。マンションでも太陽光発電設備を設置しているケースもある。
当社受託管理マンションにおける太陽光発電の設置状況は図3の通りである。
1)設置の推移
太陽光発電設備が設置されているマンションは63件、すべて新築分譲時から設置されており、管理組合にて設置したマンションはない。新築マンションとしても2013年から2015年をピークに設置件数が減少している。
2)利用方法の推移
設備を撤去したマンションはないものの、利用方法を変更した次のような事例がある。
《新築分譲時は電力会社に売電し、管理組合の収益としていたマンションでの変更事例》
● 電力会社への売電を中止し、無償で譲渡することとした...2件
(理由)
● 売電を行うと管理組合の収益事業とみなされ、法人税が課税される。当初見込みよりも売電価格が下がり、収益事業として申告する経費が売電価格を上回る結果となったこと
《新築分譲時は電力会社に売電し、その収益を区分所有者に分配したマンションでの変更事例》
● 売電した収益を区分所有者に分配することを中止し、管理組合にて積み立てることとした...1件
(理由)
● 売電による収益を区分所有者に分配するためのコストがかかること
● 区分所有者によってはその収益を確定申告しなければならないことまた、新築マンションでの導入が減少しているのは次のような理由によるものと推測される。
● 一般社団法人環境共創イニシアチブが太陽光発電システム導入工事への補助金制度を廃止しZEH※の導
入に対する補助金としたこと
● 売電をせず共用部分の使用のみとする場合、大型マンションでなければ使い切れないこと
※ZEH...(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)とは、高断熱・高気密化、高効率設備によって使うエネルギーを減らしながら、太陽光発電などでエネルギーをつくり出し、年間で消費する住宅の正味エネルギー量がおおむねゼロ以下になる住宅のこと(環境省「ecojin」WEBサイトから引用)
3)今後の推移
新築マンションにてZEHの導入が加速すれば、それに伴い再度設置件数が増加していく可能性はある。ディベロッパーに対する補助金制度次第というところであろう。すでに売電による管理組合の収益効果には期待できないことから、大規模修繕工事等をきっかけとして既存の管理組合で導入が検討されることは考えにくい。
5.照明器具をLED照明に交換
LED照明は蛍光灯などの他の照明器具と比較して、消費電力が低く省エネに貢献できるだけでなく、管理組合にとっても電気代が削減できるという直接的なメリットがある。また、LED照明交換工事は太陽光発電設備等と比較すると、比較 的容易に導入が可能である。
当社受託管理マンションにおけるLED照明交換工事の実施状況は図4の通りである。
なお、調査にあたっては総会議案書、議事録においてLED照明に交換する決議をしたマンションを抽出しており、新築時からLED照明であるマンションは特定していない。築10年未満のマンションは分譲当初からLED照明が設置されていると考えられる。
1)LED化工事の推移
新築分譲時からLED照明器具が設置されていないと考えられる築11年から築25年までの間のマンションでは概ね20%以上の実施率である。これは、照明器具の交換工事時期に重なっていることが主な要因であると考えられる。また、築年数が経過するに伴い、LED照明交換工事の実施率は低下する傾向にある。
2)LED化に至らない理由
2005年から2021年までの間でLED照明交換工事を実施することを総会議案として審議した件数は1,008件であるが、うち可決は976件、否決は32件、否決率は3.2%である。
マンションみらい価値研究所レポート「管理組合の総会では何が決議されているか~5万件超の総会議案から見えるもの~」を執筆した際に調査したデータをもとに、総議案に対する否決率を調査すると、およそ1.95%であった。
他の総会議案と比較してLED化工事の否決率は高いといえる。否決となった総会の審議中に出された意見には次のようなものがある。
●工事費用が高額である
● 蛍光灯、白熱電球が国内で生産中止になったとしても海外生産品を購入すればよく早期に工事の必要性がない
● 電気代を節約するなら、電力自由化による契約先変更でも実現できる
● 照明器具を交換すると建物の見栄えが変わってしまう。専門委員会を立ち上げて慎重に検討すべきである
● 照度が変わると建物の外観等が変わって見える。大規模修繕工事の実施にあわせるべきである
3)今後の推移
LED照明交換工事への反対意見のほとんどが、工事費用の問題と見た目が変わることの問題に集約されている。
見た目が変わることの問題では、総会議案書が白黒コピーであり、工事前後のイメージがつかないという指摘がされているマンションも複数あった。ITを活用した総会が一般化すれば、こうした工事提案においてイメージカラー画像や動画を用いることにより理解が得やすくなるかもしれない。
工事費用の問題では、電気代の削減効果だけで工事費用を回収することは難しいケースも多い。環境負荷の削減という目的には関心が集まらず、否決に至るようである。管理組合に対する補助金制度の拡充や、費用を負担しても省エネルギーに貢献しようという風潮が生まれない限り急速に進むことはないのではないか。
6.考察
管理組合において環境負荷削減のための設備を導入しようとする意識はまだそう高くはない。電気自動車充電器設備を導入した事例など、先進的取組みをしている管理組合は数えるほどである。こうした事例でも設備の導入には補助金が利用できることが意思決定の上で重要な要素になっている。
経済的メリットが得られないと合意形成が図られにくいという管理組合の特性からも当面の間は行政による補助金の拡充など金銭的支援が必要であろう。また、マンションにおいてはこうした大掛かりな設備の設置や改修ではなく、個人としてできる環境負荷削減策、例えばゴミの分別をきちんと行う、エアコンの室内温度の調節をするなど、さらに小さなことから始めて意識を高めていくことが必要かもしれない。
以上
関連情報 参考文献
>マンションみらい価値研究所>レポート>消えゆく機械式駐車場
>環境省 エネルギー収支ゼロを目指したエコ住宅(環境省「ecojin」WEBサイト)
>マンションみらい価値研究所>レポート>管理組合の総会では何が決議されているか~5万件超の総会議案から見えるもの~