事件・事故の発生と管理組合、管理会社の抱えるリスク~構造計算書偽造事件から新型コロナウイルスの発生まで~

マンションを取り巻くリスク
事件・事故の発生と管理組合、管理会社の抱えるリスク~構造計算書偽造事件から新型コロナウイルスの発生まで~

 事件や事故が発生すると、管理組合では「自分のマンションでも同様のことが起きるのではないか」「自分のマンションは大丈夫なのか」といった不安が生じる。そして、管理会社は管理組合から安全を確認するよう求められる。過去に発生した事件や事故の事例を振り返り、将来に発生するかもしれない事件や事故の対応をよりスムーズに行い、安心して生活できるようにするためには何が必要なのかを考察する。

1.構造計算書偽造事件

 2005年11月、一級建築士Aが構造計算書を偽造し、耐震強度が不足する建物が建築される事件が発覚した。当初、当社では分譲主と協力し、Aが構造計算を行った建物の有無についての確認を行うに留まっていた。その後、民間の確認検査機関Bがその偽造を見抜けなかったと報道され、管理組合から「自分のマンションの構造計算は大丈夫なのか。」という問い合わせが一気に増加した。構造計算書は大規模修繕工事等においても利用することはなく、当時はその存在を確認したことがなかったため、管理事務室や当社内での保管の有無を調査するところから始まった。
 管理事務室等に保管がなかった管理組合からは、分譲主ばかりでなく、行政や設計事務所、建設会社に保管の有無を照会し、コピー等を入手するよう求められた。それでも入手できない場合も多く、納得のいかない管理組合の対応に苦慮した記憶がある。
 構造計算書の保管のあるマンションでも、安全性の確認のために再計算をしようとする場合は専門機関に依頼しなければならず、費用も数十万円かかると言われていたことから、管理組合内でその要否をめぐり意見が分かれることも多かった。
 当時の受託管理組合における構造計算書の保管率は76%であった(図1参照)。その他の竣工図書も、建築(意匠)図は90%の管理組合で保管があったが(図2参照)、その他の竣工図書は概ね60%~70%と低くなっている(図3~5参照)。

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 現在では、建築基準法、建築士法、建設業法が改正され、保管書類の期間が延長されている。さらにマンションの管理の適正化の推進に関する法律(以下「マンション管理適正化法」という)でも分譲主から管理者等に構造計算書を含む設計図書等を引き渡すことが義務付けられたことから、この事件以降分譲されたマンションでは、管理事務室の他、関係機関、関係会社にて保管がされていると推測される。しかし、事件当時、保管のないことが確認された管理組合は、今後も書類がないままであることに変わりはない。

2.杭データ偽装事件

 2015年10月、横浜市のマンションで杭が支持層に届いておらず、傾きがあることが発覚した。その後、施工会社が杭打ちデータを偽装していたと報道された。時間が経つにつれ、構造計算書偽造事件と同様に工事に関わったとされる会社が増加した。事件の発端が大手不動産ディベロッパーに対する責任を問うものであったことから、管理組合の問い合わせは「分譲主に確認したい。」という要望が多く、それに応えるために、各分譲主は竣工図書等から事件に関係した会社名を拾い出したり、杭の工法を確認したりする作業に追われた。
 分譲主による杭データの確認作業は、当時の記録によれば、おおむね1週間程度を要している。その間は、当社には情報がなく、管理組合からの問い合わせにも回答できない状態が続いた。事件発生以降、管理組合からのお問い合わせは1か月間続いている(図6参照)。情報のない期間に問い合わせが集中しており、対応に苦慮した記憶がある。

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 管理組合からの問い合わせは、理事会、理事長、理事等のいわゆる役員が70%に及ぶ(図7参照)。理事会等で話題になり、代表して当社に問い合わせることになったものと推測される。

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 この事件で当社が混乱したのは、管理会社が宅地建物取引業者に発行する重要事項調査報告書に杭データに関する内容を記載するか否かについてである。
 管理会社はマンション標準管理委託契約書に準拠した契約を管理組合と締結している場合、不動産売買における重要事項説明のために、管理組合の情報を宅地建物取引業者に提供することとしている。
 国土交通省から「杭データ偽装のあった物件は、中古売買時の重要事項説明事項に該当する。」との通達が、口頭により、宅建業団体へなされた(2015年11月25日)。これを受けて、宅建業団体から各宅建業者に同様の内容が文書で通達された。こうしたことから、宅地建物取引業者から当社にも「この建物は杭データの偽装があった建物か。」という問い合わせが集中した。
 しかし、国土交通省からは同様の内容が管理会社に通達されておらず、その回答の是非を巡って関係各所への確認に追われることとなった。重要事項説明は確かに宅地建物取引業者が行うものであるが、その情報の出所は管理会社であることが当時はまだ認識されていなかったことが原因であろう(図8参照)。

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3.ブロック塀落下事故

 2018年6月、大阪府北部地震により小学校のブロック塀が落下し、登校中の児童が死亡する事故が発生した。国土交通省から6月21日付「建物の既設の塀(ブロック塀や組積造の塀)の安全点検について」が公表されたことから、当社ではこの通達の点検要領に基づく点検を実施した。敷地内にブロック塀が存在するマンションの割合は15%、568件である(図9参照)。ブロック塀にひび割れ等を発見した場合は、管理組合に改修の提案を実施している。

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4.台風による地下電源設備水没事故

 2019年10月、台風19号の影響により、神奈川県武蔵小杉地区にあるタワーマンションが浸水被害に遭った。特に地下階の電気設備が水没したことによる停電の影響で日常生活が困難となったことが大きく報道された。
 2020年に国土交通省では、日本に上陸した複数の台風による浸水被害を受けて、「建築物における電気設備の浸水対策に関するガイドライン」を取りまとめ中である(2020年2月18日現在)。このガイドラインでも地下階に至る動線がスロープまたは階段である建物に浸水防止用設備を設置することを推奨している。
 地下階を有しているマンションはどのくらいあるかを販売時のパンフレットから調査した。なお、マンションが斜面地に建築されている場合、道路に面していても地下1階と表示されていたり、1階と表示されていたりするが(図10参照)、パンフレットの表記が地下階であるものを「地下階を有するマンション」としている。

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 地下階に至る動線がスロープまたは階段であるマンションの例は下記のような平面図である(図11参照)。スロープまたは階段から水が浸入すると電気室が冠水することとなる。

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 この調査の結果、パンフレットで確認することができた3,096件のうち、地下階を有するマンションは28%(1,098件)、地下に至るまでの動線がスロープまたは階段になっているマンションはそのうちの10%、401件である(図12参照)。

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 当時の報道では、ことさらにタワーマンションの抱えるリスクが強調された感があるが、地下階に電気設備を有する建物はタワーマンションばかりではない。地下階に電気設備を有するマンションは、20階以上のマンションで50%以上(31件)を占め、最も高くなっている。しかし、件数で比較すると、9階以下の建物でも合計で110件のマンションで地下階に電気設備を有していることがわかる(図13参照)。低層のマンションでも浸水被害に遭うリスクは抱えているのである。

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 また、生活に必要な設備は電気設備ばかりではない。受水槽、ポンプ等の給水設備浸水により機能しなくなれば、日常生活支障が生じる。こうした給水設備も、地下に設置されている建物が20%、228件あ(図14参照)。傾向としては、電気設備と様に20階以上のマンションで設置割合高くなっているが、9階以下のマンションも127件ある。

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 このほか、地下階に設置されている設備としては消防用設備がある。傾向としては、電気設備、給水設備と同様である。

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5.擁壁上の法面落下事故

 2020年2月、神奈川県で擁壁上の「のり面」が崩れ、道路を通行中の女子高生が死亡するという事故が発生した。この擁壁上の「のり面」は、マンションの敷地であり管理組合が損害賠償責任を負う可能性があるとして報道された。
 この事故は、擁壁そのものの崩落ではないものの、敷地内に擁壁を有する建物について調査を実施した。擁壁のあるマンションの割合は5%、194件である(図16参照)。現段階では特段の対応をした管理組合はない。

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6.新型コロナウイルスの発生

 2020年3月新型コロナウィルスの感染拡大により、イベント等の自粛が呼びかけられた。管理組合の理事会や総会も3月上旬までは中止や延期を検討するまでは至らず、マスクの着用を呼びかける程度に留まっていたが、3月中旬に入ると総会開催の延期を決定する管理組合が増加した。3月に総会を予定していた管理組合は371組合。そのうち、総会を延期した管理組合は31組合である。
 管理会社は総会の場を借りて重要事項説明会を行うことが多い。総会が延期され、管理委託契約の継続を承認する場がなくなると契約期間が終了してしまう。この場合、同一条件で暫定契約を締結することが必要となる。総会を延期し、暫定契約を締結した管理組合は16組合である(2020年3月31日現在)。
 今後も総会の延期は増加していくものと考えられる。長期化した場合は、管理組合の予算案も承認されないままとなり、管理組合運営に支障が生じかねない。

7.まとめ

 事件や事故の発生の際に最も必要なものは「マンションの正しい情報」であろう。竣工図書等の保管や修繕履歴はもちろん、それらをデータ化、一覧化してすぐに取り出せるようにしておくことも迅速な対応に欠かせない。
 マスコミの報道による情報量は日々増加していく。それらの情報に振り回されることなく、正しい情報を取捨選択しマンションの情報と照合し判断できるようにしておくことが重要である。

以上

事件・事故の発生と管理組合、管理会社の抱えるリスク~構造計算書偽造事件から新型コロナウイルスの発生まで~[0.4MB]

久保 依子
執筆者久保 依子

マンション管理士、防災士。株式会社リクルートコスモス(現株式会社コスモスイニシア)での新築マンション販売、不動産仲介業を経て、大和ライフネクストへ転籍。マンション事業本部事業推進部長として主にコンプライアンス部門を統括する傍ら、一般社団法人マンション管理業協会業務法制委員会委員を務める。

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