7月31日(土)、キャンパスプラザ京都(京都市下京区)において、NPO法人マンションサポートネット主催のシンポジウム「マンションの居住価値を決める『持続可能な管理』とは」が開催されました。
コロナ禍の状況を鑑み会場での参加人数を絞り、オンラインとの併設で約90名の参加となりました。不動産としての「資産価値」のみならず、マンションに住まう人たちの今や未来の幸せを見据えた「居住価値」という考えを、多角的に捉えるための講演とパネルディカッションが行われました。
基調講演に登壇したのは、日本マンション学会会長で京都橘大学教授の鈴木克彦氏。『持続可能な管理とはマンションの居住価値を決める「持続可能な管理」は?』と題し、京都市内の分譲マンションの実態や海外の居住価値の高いマンションの実例などを交えて、参加者に語りかけました。
マンションのストック戸数が約675.3万戸に達し(令和2年末時点)、国民の1割超がマンションに居住する時代。「戸建住宅に住むまでの仮の住まい」から、永住思考の高まりにより、「終の住処」という存在として捉えられるようになりました。住民の年齢層が高くなるほどその傾向は顕著で、高経年のマンションに住まう人たちの高年齢化がもたらす、建物と住人のいわゆる「2つの老い」が進行している現状が浮き彫りになっていると鈴木氏は指摘します。
それにより「区分所有者の減少」「役員の担い手不足」が加速し、管理組合の機能が低下しているマンションが増加。適切に維持管理されず「管理不全」に陥るマンションの増加を鑑み、令和2年6月に「マンション管理の適正化の推進に関する法律」(平成12年法律第149号)が改正されました。ここに地方公共団体が管理組合に対して必要な助言及び指導ができる旨の規定などが盛り込まれたことで、自治体と管理組合との関係性がドラスティックに変化。「マンションの価値は管理で決まる時代」への対応が急務となりました。
そんなマンションを取り巻く状況を知るべく、京都市内の分譲マンションの実態調査(令和元~2年)に調査員としてかかわられた鈴木氏。「築30年以上の高経年マンションが10年後に全体の半数以上になる」「住戸数50戸以下の小規模マンションが他都市に比べて多い」という地域性を把握したうえで、「築年数が古いほど計画的な維持管理・修繕が十分でない」「住戸数の少ないマンションほど『要修繕』と判定される比率が高い」という傾向が表れていると説明しました。しかし一方で、「問題なし」とされるマンションの割合が築年数を40年を超えても大きな変化が見られないことから、築年数そのものよりも、持続可能な管理体制が建物の整備状況を左右すると強調しました。
それでは、マンションの居住価値を決める持続可能な管理とは、一体どのようなものでしょうか。鈴木氏は経済効率ではなく、精神的な豊かさや生活の質の向上を目指すのが21世紀の「成熟社会」であるとし、成熟社会におけるマンションの価値とは「不動産の価値を、時間の蓄積で得られた資源や生活の価値、すなわち『暮らし(居住)の価値』に置き換え、共有していくこと」と強調しました。
そのためのキーワードに「サスティナビリティ=持続可能性」「インクルーシブネス=多様な人材を排除せず受け入れる包摂性」「レジリエンス=想定外のことを乗り越える回復力」を挙げ、「お互いが寛容の心をもって多様性を受け入れるコミュニティを形成し、様々な社会的危機をともに乗り越えるしなやかな強さを持ち、誰もが永く住み続けられるマンションにするための管理を実現することができれば、必然的にマンションの居住価値は高まります。それこそが私たちが目指すべき、持続可能なマンション管理ではないでしょうか」と語りかけ、参加者の理解を求めました。
休憩に引き続き行われたのは、「管理計画認定制度に備える管理組合の取り組み」と題した、NPO法人マンションサポートネット理事長・佐藤武氏による講演です。佐藤氏はマンション管理士、一級建築士の資格を持ち、これまで様々なマンション管理組合のコンサルティングを手がけてきた経験から、マンション管理適正化法改正にともなう「管理計画認定制度」の実施をにらみ、管理組合が留意すべきポイントを解説しました。
今回の法改正は、国によるマンションの管理の適正化の推進を図るための基本方針の策定を目的としており、①管理適正化の推進に関する方針の明確化と役割の強化②地方公共団体による能動的な関与の円滑化③地方公共団体によるマンションの実態把握、専門家派遣等の支援が柱となっています。
「マンション管理適正化推進計画制度(任意)」「管理計画認定制度」を実施し、必要に応じて地方公共団体が管理組合に対して助言指導や勧告を行うことができるとするなど、行政がマンション管理により深く関わる姿勢を示したものといえます。
佐藤氏は、昨年12月に神戸市が決定した「神戸市マンション管理の適正化の推進に関する要綱」を例に、地方自治体によるマンション管理の実態把握と評価に対して備えるべきポイントを挙げていきました。神戸市の「マンション管理状況届出書」では①管理形態(全部委託/一部委託/自主管理)②管理組合の有無③管理者(単独/理事会方式/第3者管理方式)④管理規約(有無/最終改正年)⑤区分所有者名簿(請求一覧表/連絡名簿)の有無⑥居住者名簿(緊急連絡名簿/要援護者名簿)⑦空き住戸の割合⑧占有者(賃貸化等)住戸の割合などが問われており、マンション管理の運営実態について、行政としてこれまで以上に突っ込んで知ろうとする意図が伺えます。
佐藤氏は「マンション管理標準指針に沿っていれば、行政からの一定の評価は得られる」とし、「大切なのは、建物設備の管理とともに日常の管理が適正に運営されていること、民主的な意思決定システムが継続されている管理組合であること、公正・公平・公開の原則により組合間の信頼度が高いことであり、それによりマンションの居住価値を向上させることです」と強調しました。
シンポジウムの最後に開催されたのは『最近の相談事例から〜管理組合あるあるFAQ〜』と題したパネルデスカッション。パネリストに講師の鈴木氏、佐藤氏、さらには弁護士でマンション管理士の小林靖子氏、コーディネーターに北海道からリモート参加したマンション元気ラボ主筆コラムニストの丸山肇氏を迎え、多くのマンションで起こりうる問題を解決に導くための考え方や、落としどころに持っていくためのプロセスを共有するための議論を展開しました。
最初の質問は「標準管理規約が見直されたこともあり、『管理費からの自治会への支出は、明確に除外すべきでは』と管理会社からアドバイスをもらった。しかし、理事の中には京都のマンションでは、自治会との関係や実情を考えると、難しいのではという意見も多い。さて、どう考えればいいのでしょうか?」というもの。
京都のマンションコミュニティの実情に詳しい鈴木氏は「京都は明治時代から引き継がれている『学区制』に基づき、独特な自治会活動が行われている。その学区内にあるマンションでは管理組合活動の一つとして、祭などの自治会活動に積極的に参加することが慣例となっており、他の地域と比べると自治会との結びつきが強いことから、管理費と一緒に自治会費を徴収することも無視できない状況にあるのではないか」と説明。
小林氏は「法的な観点からすると、管理組合と自治会は目的や団体の性質が異なるため、切り離して考えるべきではあるが、それが難しい実態があることも事実。管理組合は地域のコミュニティ形成に重要な位置付けにあることを加味し、個別かつ具体的に検討していくべき」としました。
佐藤氏は自身の豊富な経験から「管理費から自治会費を払う慣例は、徐々に是正していくべきではあるが、管理組合が管理費等といっしょに自治会費を自治会に代わって徴収する場合でも、入って来る自治会費に対して自治会に支払う自治会費を同額にするなど、補填が発生しないように収入と支出のバランスを維持し峻別を図ることが大切。」とアドバイスしました。
2問目は「平置き駐車場の空きが数台分あり管理組合の収支を圧迫していた。理事会で、外部貸しで収入を得るために住民の車両を移動してもらい、外部者に使いやすい場所を区分し確保する案を総会にかけることにした。議案書配布の直前になって理事長が「普通決議ではなく特別決議にすべき」と思い直したが、改めて理事会を開催する時間がないため書面にて理事全員の合意をもって理事会の決議としたが、総会を招集し特別決議に変更することはできるだろうか?」というもの。
丸山氏はこの問題を①駐車場の外部貸し、そのための駐車区画の変更も含め、普通決議か特別決議かという点②開催の時間がない場合の理事会の書面決議は有効かどうかという点③総会の場で、普通決議から特別決議への変更は有効かどうかという点に分解し、それぞれパネリストの見解を聞きました。
①について佐藤氏は「駐車場の形状や効用の著しい変更を伴うか否かの判断からすれば、同じ駐車場であり普通決議でも可能という見方もできるが、このケースでは事業収益を得ることや管理規約の変更なども含めて議論するする内容のため、特別決議が相当」という見解を示しました。
②③については小林氏が解説。「標準管理規約では、理事会では理事が集まり意見交換をしたうえで結論を出すことが原則となっており、書面での決議は認められていない。また共用部分の変更、規約の設定変更という管理上重要なトピックスについては、総会を招集する通知に議案の要領を書いておかなければならず、総会の場で変更することは不適切。慎重な判断が要求される議案でもあることから、仕切り直して新たな総会の場で特別決議として扱うべき」としました。
3問目は、多くの管理組合にとって身近な質問。「相続人全員に相続放棄されて塩漬けになっている部屋を何とかしたい。何か良い方法は無いのか?」というものでした。
これに対し小林氏は「相続放棄となれば、管理費等が入ってこないことになることから管理組合が利害関係者にあたる。裁判所への予納金を用意して申し立てを行って相続財産管理人を選任。売却を図ることで区分所有者を変更することは可能」としました。
佐藤氏は「相続放棄がされた物件でも、マンションとしての流通性があれば売却などにより所有者不在は解決する。問題は相続すること自体が“負”動産になっているケースだ。売るに売れず、貸すに貸せず、管理費等や固定資産税などを負担し続けることになってしまう」と警鐘を鳴らしました。
これに対し鈴木氏は「空き家問題は深刻さを増している。新たな区分所有者を探すという目先の解決ではなく、住み続けたい気持ちが湧き上がるようなマンションにすることで解決していくべき」と強調。さらに丸山氏は「マンション全体として、現在の居住価値や次世代を担う人が住み着いてくれる建物であるかを見定めて考えないことには、本質的な解決にならない」と付け加え、このシンポジウムの主題である持続可能なマンション管理の重要性を改めて説きました。
最後は「一人住まいの70歳くらいの女性から嫌がらせを受けている。管理組合名で厳しめの勧告書を提出したり、警察から直接注意してもらったり、行政の担当者にも訪問対応してもらったりしたが、一向に収まらない」という相談。この女性が仮に認知症を患っているとした場合どう扱うべきかについて、それぞれの意見を交換しました。
佐藤氏は「マンションの高経年化と住民の高齢化に起因する問題は多い。まずは地域包括センターとも連携し、このような住民を日常的に気にかけ、第一連絡先を管理組合として把握することが重要」と語り、小林氏は「認知症の方は、ゴミ捨てなどちょっとしたことの仕組みがわからず、悩みを抱えていることが多い。その人の行動を責めるのではなく、一緒に助け合える関係性を構築していくべき」としました。このテーマの最後として鈴木氏は「歳を重ねれば誰にでも起こりうる問題。自分自身の問題として、様々な事情を寛容な気持ちで理解し、受け入れるコミュニティを構築することが解決につながる」と力説しました。