病院ではなく美容院でありたい!マンション管理のおしごと

組合運営のヒント管理委託
病院ではなく美容院でありたい!マンション管理のおしごと

何も起きないのが良い管理って本当?

「マンション管理のおしごとは、病院ではなく美容院である」。これは、私の同僚が残した名言だ。

水が出る、電気がつく、ガスがつく、インターネットやテレビがつながる、自動ドアが開く、エレベーターが動く。それがあたり前の日常だ。

しかしそのあたり前のものがあたり前でなくなった時、人々の不満は何倍にもなる。だからこそ「何も起こらないことが良い管理」といわれることは良くわかる。

管理会社とは、悪いところを治すためだけにあるのではなく、定期的にマンションの状況を把握することで、きれいかつ快適でいられるよう改善提案をすることが役目だと、私や私の同僚は思っている。つまりこれが、「病院ではなく美容院でありたい」という想いである。

「マンション管理の仕事をしています」と言っても、伝わらないもどかしさ

マンション管理の仕事とは、その業務内容が何とも伝わりづらい。「何の仕事をしているの?」と友人から聞かれても、ひと言でなんと説明したら良いものか回答に困ってしまうというのが本音だ。その際、「マンション買ったことある?」と聞いたり、「実家はマンションだった?」と聞き返してみる。その後の説明として付け加えるのが、「分譲マンションを買うと管理組合というのが自動的に設立されて、それをサポートするのが私の仕事」と話す。分譲マンションの仕組みを知らない相手にとって、「マンション管理」という回答だけではイメージが付きにくく、場合によっては「賃貸のマンションの管理」もしくは「管理員さん」なのではないかと想像されてしまうのが常なのだ。

実はアンケートなどの職業欄の選択肢でも、どれにマルを付けたら良いものか迷うことがある。「不動産業」があればもれなくそれにするが、ない場合は致し方なく「サービス業」または「その他」にマルをする。とはいえ、果たしてこれが私の職業に該当しているものかどうか──誇りを持って従事しているというのに、これが現状だといわざるを得ないのだ。

かつて、マンション管理の仕事を世間に広く認知していただきたいと思い、その方法を妄想したりもした。ありきたりかもしれないが、例えば広告をうつ、事業拡大で全国展開する、という方法で何とかならないか。もっといえば、他力本願といわれようが人気若手俳優が主役のフロント担当者という設定で、失敗を重ねながらも日々成長していくプロセスを格好良く描きテレビドラマ化するなんてどうだろう――いや、あながち冗談でもなく、マンション管理というこの仕事についていると日々いろいろなことが起きる。ハプニングなど日常茶飯事で、それはそれはドラマチックなものだからだ。

フロントマンのドラマを通して見る、管理会社としての存在意義

例えばこんなドラマなんてどうだろう。
入社したばかりのフレッシュな新人フロント担当者Aくんが主人公だ。溢れるやる気とは裏腹に、次から次へとお客様からクレームをもらい、連続して事故が発生し緊急対応の処理に追われる。次第にモチベーションは下がってしまう。本当はもっと、ヒーローになれる仕事に就けると夢を膨らませていたというのに、現状はこの有様だ。そんな日々を送りながらも徐々に仕事に慣れてきたある日のこと。Aくんが自身の担当するマンションに出向いた際に、エントランスにご高齢の居住者が通りがかる。それを見た管理員はすっと立ち上がると管理事務室を出ていき、エントランスの扉を開けてその居住者を迎え入れた。何も言われていないのになぜそんな行動をしたのか──管理員に尋ねてみると、「あの方は足が悪くて、杖を使っていらっしゃるのです。このマンションのエントランス扉はガラス戸だから重いでしょう?だからいつもご苦労されていてね、私がいる時は開けて差し上げるのですよ」という。その話を聞きエントランスを観察してみると、確かに高級感たっぷりのガラス戸ではあるが、買い物帰りで両手がふさがっている高齢者や、ベビーカーを押す女性はその扉に苦戦しているようだった。
ちょうどその頃、大規模修繕工事の検討の時期に差しかかっていたこともあり、主人公は管理組合に対してエントランスのガラス戸を自動ドアに変える提案をしようと思いつく。管理組合運営のサポートはフロント担当者の仕事の一つだ。提案に備えて、自動ドアと既存ガラス戸のメリット・デメリットの整理、メーカーや金額の比較、居住者アンケートの文案、さらには日々多くの居住者が行き交うエントランスの状況から総合して検討材料を用意すると、提案はなんなく採用された。

数ヶ月後、大規模修繕工事完工とともに、マンションには新たな自動ドアが設置された。

そんなある日、Aくんがひさしぶりにマンションに足を運ぶと、エントランスでは管理員とあのときのご高齢者が立ち話をしていた。「こんにちは」と挨拶すると、そのご高齢者は柔らかな微笑みを浮かべてこう言うのだった。「自動ドアになったおかげでマンションの出入りがとても楽になったの。あなたがいろいろ調べて理事会に提案してくれたそうね、とても嬉しいわ。ただね、今までのように管理員さんに扉を開けもらって世間話をするのも──実は私、楽しみだったのよ」
続けて管理員も言う。「私が扉を開けて差し上げていたのは、みなさんに話しかける口実でしたので、たとえ扉が自動的に開くようになってもそこは変わりませんよ」

この二人の会話に、主人公はこの仕事の存在意義を感じずにはいられなかった。

業界が有名になるよりずっと大切なこと

少々ドラマ仕立てに展開してみたが、実はこのエピソード、完全なフィクションではない。

私の経験と、同僚から聞いた話から想起したものである。このように私たちは、不調を訴えた時の病院の役目だけではないということ。日常的に寄り添うことで、マンションをよりきれいに、より快適にできるよう改善提案をする美容院のような存在でありたいと思っている。そして、この仕事と向き合いわかったのは、マンション管理という業務内容の浸透がゴールではないということ。

お客様の顔が見えるこのマンション管理という仕事を通じて私たちの充実感は得られ、そしてお客様に寄り添うことで、私たちも日々成長させていただいているのだ。

大野 稚佳子
執筆者大野 稚佳子

マンションみらい価値研究所研究員。管理現場にて管理組合を担当する業務を経験後、マンション管理の遵法対応を統括する部門に異動。現在は、マンションみらい価値研究所にて、これまで管理現場にて肌で感じた課題の解決へつながる研究に勤しむ。

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