旧耐震基準マンションの現状を紐解く ~耐震診断、耐震改修の実態調査~

長期修繕計画改修工事
旧耐震基準マンションの現状を紐解く ~耐震診断、耐震改修の実態調査~

  国土交通省から「令和5年度マンション総合調査」(以下「マンション総合調査」という)が公表されている。
 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000143.html

  マンション総合調査では、マンションに関するさまざまな項目を調査、分析し、公表している。調査項目には耐震改修工事等も含まれている。
 耐震改修に関する調査のひとつを紹介しよう。
 旧耐震基準に基づき建設されたマンションにおいて耐震診断を行ったもののうち、「耐震診断の結果、耐震性があると判断された」とする回答は54.2%に及んでいる※1。この数値は、現場感覚と比較するとかなり高い※2。
 この54.2%という数値は本当に旧耐震基準マンションの現在の姿を反映しているのだろうか。
 マンション総合調査の特徴のひとつとして、調査手法がアンケートである点があげられる。回答者の多くが理事長であろう。しかし、耐震診断を実施した時と同一の理事長であるとは限らない。別の人である場合のほうがむしろ多いのではないだろうか。
 また、一口に耐震診断といっても簡易診断や本診断がある。理事長が建築の「素人」である場合は、耐震結果報告書の内容を正確に読み解くことは難しい。アンケート用紙を受領した理事長が、管理事務室等に保管してある報告書の内容を紐解き、必要に応じて専門家に確認しながら回答したとは考えにくい。
 「正常性バイアス」という言葉がある。自分に都合のよい方向に物事を考えてしまい、自分だけは大丈夫という感覚に陥りやすい人間の心理を指す言葉だ。まさにその状態となり、自分のマンションに限って耐震性が不足するとか、地震がきたら危ないなどということはないと信じようとしているのではないだろうか。「正常性バイアス」のかかった回答により、マンション総合調査は本来の姿を反映しきれていないのではないだろうか。
 そこで今回は、管理組合に実際に保管されている耐震結果報告書や総会議案書、議事録などの調査を通じて、旧耐震基準マンションの現状に迫る。

※1 国土交通省 「Ⅰ 令和5年度マンション総合調査結果からみたマンションの居住と管理の現状」 11ページ 
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001750158.pdf
※2 国土交通省の「住宅・建築物の耐震化率のフォローアップのあり方に関する研究会とりまとめ参考資料」にあたると、「1.住宅・建築物の耐震化の現状と目標 (1)住宅の耐震化の進捗状況と目標」で、平成15年の推計値で、旧耐震基準で建てられた「住宅」のうち、約38%が「耐震性あり」としている(P3)。また、同資料の「2.住宅の耐震化率の推計(3)耐震化率(H30)の実績値」では、旧耐震基準で建てられた共同住宅のうち、約66%を耐震性ありとしている(P7)。https://www.mlit.go.jp/common/001345338.pdf

1.調査対象としたマンション

 当社の管理受託マンションの3,996組合のうち、1981年5月31日以前に建築確認を受けたマンション(以下「旧耐震基準マンション」という) 200組合を対象として調査した。なお、200組合のうち、15組合については建築確認申請書類の保管がなく、日付の確認がとれなかったため、竣工日からおおよその建築確認日を推定して加えている。

 調査した200組合の属性は下記の通りである(図1、図2参照)

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2.耐震診断の実施状況

 当社が管理を受託する旧耐震基準マンション200組合のうち、簡易診断を実施した組合は3%(6組合)、耐震診断を実施した組合は33%(66組合)、耐震診断未実施の組合は64%(128組合)であった(図3参照)。
 これは、マンション総合調査における「旧耐震診断実施状況」と比較すると、「耐震診断を実施した」と回答した組合が31.6%であった結果とそう大きく差はない(図4参照)。
 なお、マンション総合調査は簡易診断と耐震診断(本診断)を分けておらず、調査に回答した理事長等が簡易診断を耐震診断(本診断)と混同している例が含まれる可能性がある。
 実際に、当社の管理受託マンションの総会議案書においても、「耐震診断実施の件」との議題で審議されているが、報告書を確認すると簡易診断であった例もある。なお、簡易診断報告書には、本診断を進めるよう記述があることがほとんどであり、そのことが後述「3.耐震診断の結果」のマンション総合調査において、「さらに詳細な耐震診断を実施する必要があると判定された」の回答が20.8%あることに反映されていると思われる。

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3.耐震診断の結果

  当社の管理受託マンションの耐震診断の結果状況について、マンション総合調査と比較した。
 マンション総合調査では、「耐震性があると判断された」とする組合が54.2%を占める。一方で、当社の管理受託マンションでは、22.7%に留まっている(図5、図6参照)。
 この乖離の理由については、いくつか考えることができるが、その一つは、耐震診断の結果報告書の読み方に関係しているのではないかと推察する。
 一般的に耐震診断報告書の中で、最も着目されるのが「Is値」である。この値が0.6を下回ると耐震基準を満たしていないとされる。
 ただし、この値は、ひとつのマンションでひとつの値(あたい)ではない。マンションのX軸、Y軸、さらに各階層ごとに示されている。ほとんどの数値が0.6未満であれば「耐震基準を満たしていない」と認識することができるが、「一部分のみが0.6未満」である場合、管理組合の受け止め方もさまざまである。

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4.実際の耐震調査報告書から(耐震基準であるIs値0.6を満たしていない実例)

 実際の耐震診断結果報告書に記載されたグラフを示す(図7参照)。
 X方向のIs値は3層を除き0.6未満であるが、Y方向はすべての階において0.6以上である。この診断結果はX方向において耐震性が満たされていないと判断することが容易である。

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 もうひとつ、実際の耐震診断結果報告書に記載された表を示す(図8参照)。
 X方向のIs値は1層において、0.6未満であるが、数値としては0.51と0.6に若干欠ける程度である。Y方向はすべての階において0.6以上である。
 こうした場合に耐震補強をするべきなのか、管理組合内で意見が二分されることも多い。耐震改修を必要ないとする区分所有者は「基準値を満たしている」と解釈するであろうし、耐震改修が必要であるとする区分所有者は「基準値を満たしていない」と解釈するであろう。

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5.「耐震性がない」と判断された際の深刻度レベル

(1)耐震基準Is値0.6をもとに、深刻度を分析

まず、当社の管理受託マンションの耐震診断結果について「耐震性がないと判断された」マンションを、その深刻度のレベルにより「高」と「低」に分類した。

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 なお、耐震診断結果を原則非公開にしている管理組合については「程度不明」とした。程度不明についてはいずれも、総会議事録等の記述から「低」レベルと同等ではないかと推測される。

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 マンション総合調査では、「耐震性があると判断された」とする管理組合が54.2%に及ぶ(図10参照)。
 当社の管理受託マンションにおいて、「耐震性がないと判断された(レベル低)」と「耐震性がないと判断された(程度不明)」の管理組合を「耐震性があると判断された」の管理組合と合わせると37.8%となり、マンション総合調査の数値54.2%に近づく。
 これは、耐震診断の結果が「耐震性がやや不足する」という程度の場合、「耐震性があると判断された」と回答したいという心理の表れではないだろうか。
 以上から「耐震性があると判断された」とする管理組合でも、すべての階においてIs値が0.6以上であるとは言い難いとも考えられる。

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(2)倒壊もしくは大破の可能性が高いとされる深刻度を分析
 「既存鉄筋コンクリート造建築物の耐震診断基準・耐震改修設計指針・同解説(2001年改訂版)」(監修:国土交通省住宅局建築指導課、発行:財団法人日本建築防災協会)※3によれば、過去に大規模な地震を経験した鉄筋コンクリート造の施設のIs値(耐震2次診断)と被災度の関係を分析すると、Is値0.4以下になると小破以下の事例は少なく、大多数に中破以上の被害が生じており、倒壊・大破となる場合もあったとされる。また、「建築物の耐震診断及び耐震改修の促進を図るための基本的な方針(平成18年1月25日 国土交通省告示第184号)」※4 によれば、Isが0.3未満の場合は、地震の震動及び衝撃に対して倒壊し、又は崩壊する危険性が高いとされる。
 ここでは、耐震診断結果の詳細が確認できる34物件について、Is値の最低値が、「①大きな被害を受ける可能性が高いIs値0.4以下と「②耐震性を満たさないIs値0.4以上0.6未満」、「③耐震性を満たすIs値0.6以上」の割合を調べた。

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 耐震性を満たしているマンションは38%に過ぎない一方で、38%が大地震時に深刻な被害を受ける可能性が高いことが分かった(図11参照)。なお、前述の通り、国土交通省の「住宅・建築物の耐震化率のフォローアップのあり方に関する研究会とりまとめ参考資料」では、旧耐震基準で建てられた「住宅」のうち、約 38%が「耐震性あり」としているので、ここでの 旧耐震基準マンションのうち、耐震性が確認できる割合が38%に留まることは妥当であろう。

※3 「既存鉄筋コンクリート造建築物の耐震診断基準・耐震改修設計指針・同解説(2001年改訂版)」(監修:国土交通省住宅局建築指導課、発行:財団法人日本建築防災協会)では、Is値0.6以上は被害が少なく、被害があっても小破に留まるが、Is値0.6を下回ると被害が出始め、Is値0.4以下では、倒壊や大破が多く見られたとしている。
※4 建築物の耐震診断及び耐震改修の促進を図るための基本的な方針(平成18年1月25日 国土交通省告示第184号
https://www.mlit.go.jp/notice/noticedata/pdf/201703/00006643.pdf

6.「耐震性がない」と判断された場合の対応

 当社の管理受託マンションにおいて、「耐震性がない」と判断された場合の耐震補強工事、部分補強工事の実施の有無を調査した(図12参照)。耐震補強工事、部分補強工事を実施していた組合は31.4%に留まる。
 当社の調査では、総会議事録、理事会議事録を確認し決議がなければ「決議等をしていない」とし、その割合は、60.8%であった。この結果から、何もしていないことと同義である管理組合が約6割存在すると考えられる。
 一方、マンション総合調査では「まだ実施していないが実施する予定」とする回答が29.2%ある(図13参照)。さらに、「実施した」と「実施していないが今後実施する予定」を足すと75%にも及ぶ。
 繰り返しになるが、マンション総合調査は理事長等への「アンケート」をもとにしている。総会や理事会で「実施しない」と決議していない限り、実施しないことへのうしろめたさもあり「実施する予定」と回答しているとも考えられるのではないか。この回答には「まだ決議をしていない」マンションが多く含まれている可能性がある。この「実施する予定」とする29.2%が近いうちに検討を開始し、将来的に耐震改修するのかについてはかなり疑問が残る。

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7.耐震改修工事をしない事例

 実際に耐震改修工事を実施しないこととした3事例を紹介しよう。耐震改修工事に向けた合意形成をするために必要なプロセスが見えてくる。

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8.建替えか耐震改修工事かを検討した事例

 最後に、耐震改修に成功した事例を紹介しよう。この事例では、建替えをするのか耐震改修をするのかについて、3年をかけて検討し耐震改修工事に踏み切っている。       

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 行政から在宅避難が推奨されることも影響してか、マンション内で助け合って、在宅避難で被災生活を送る際のアドバイスを当研究所に求められることが多い※5。これはとても良いことであるが、在宅避難はそもそも、建物に倒壊や大破の恐れが少なく安全が確保されている状態であることが前提条件だ。しかし、旧耐震基準のマンションであるにも関わらず、耐震性を考えずに在宅避難を検討している管理組合がある。こうした管理組合では、耐震診断を受けてもどうせ悪い結果しか出ないので意味がない、という意見もあれば、診断により耐震性がないと判明すれば資産価値が下がってしまう、という意見もある。
 筆者は、熊本地震の被災マンション支援において、構造体などに大きな損傷を受け危険な状況であるのにも関わらず、マンションに留まって被災生活を続ける居住者を見ることがあった。余震での倒壊が危惧される状況であったが、避難所への移動を進言しても、聞いていただけない場面もあった。
 このような経験をふまえ、耐震診断を行ってマンションの耐震性を把握することは重要だと考えている。


 本レポートで分かるように、旧耐震基準のマンションであっても耐震性を有しているマンションもある。また、大破や倒壊の危険性が高いマンションも(少なくない)一定程度ある。これは、耐震診断を受けないと分からない。
 本レポートで検証した範囲との比較に限れば、マンション総合調査で「耐震診断の結果、耐震性があると判断された」とする回答が5割以上を占めることは、回答の信頼性に課題があるように思う。これにはさまざまな要因が想定されるが、自分は大丈夫だと過信しがちな我々の感性が関わっていそうである。大丈夫だろうと過信するのではなく、ぜひ、耐震診断を受けて、大破や倒壊の危険性を把握し、できる限り耐震改修を実施していただきたいと切に願っている。

※5 在宅避難や避難所については、当研究所のコラム「マンション居住者は、避難所を使えないって本当!?」をご確認いただきたい。
https://www.miraikachiken.com/column/240424_column_01

旧耐震基準マンションの現状を紐解く ~耐震診断、耐震改修の実態調査~[2.5MB]

久保 依子
執筆者久保 依子

マンション管理士、防災士。株式会社リクルートコスモス(現株式会社コスモスイニシア)での新築マンション販売、不動産仲介業を経て、大和ライフネクストへ転籍。マンション事業本部事業統括部長として主にコンプライアンス部門を統括する傍ら、一般社団法人マンション管理業協会業務法制委員会委員を務める。

田中 昌樹
執筆者田中 昌樹

マンションみらい価値研究所研究員。一般社団法人マンション管理業協会出向中。現在は、マンションみらい価値研究所にて、防災・減災に関する統計データの活用や居住者の高齢化や災害の激甚化などの社会的な課題について、調査研究や解決策の検討を行っている。

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