紛争の実態。マンションではどんな訴訟が起きているか?

マンションを取り巻くリスクマンションの法制度
紛争の実態。マンションではどんな訴訟が起きているか?

はじめに

 分譲マンションを巡って紛争が生じることがある。新築分譲時や中古売買時のトラブルが原因となることもあれば、管理組合運営上の意見の相違など原因はさまざまである。
 理事会などで義務違反者への措置を検討する際には、「もし相手方が納得しない場合に、裁判を起こしたら勝てるのか?」「総会で決まったことに強硬に反対する区分所有者がいて、損害賠償を請求すると言っているが、訴えられたら管理組合役員に責任はあるのか?」といったやり取りがされている。そうした際には、同じような紛争についての裁判例を書籍などで探すことになる。
 近年、管理組合内部での意見対立などを巡って、裁判になることが増えたと言われている。管理会社としても、そうした感じを受けるが、果たしてそうだろうか。
 分譲マンションに特化した公的な統計やデータは存在しないようであり、マンションにおける裁判数の総数を把握することは難しい。書籍は、裁判例から一部を載せているものであるし、裁判所の検索ページもすべての訴訟を網羅しているものではない。

裁判所 裁判例検索(最高裁判所ホームページより)

 一般社団法人マンション管理業協会では、2012年より会員の管理会社向けに裁判例の提供を行っており(以下、「検索システム」という)、2021年6月末現在で1,135事例が掲載されている。裁判所のホームページや書籍を含めて、分譲マンションに関する裁判例を最も多く収めているデータベースといえる。この検索システムには、マンションの管理組合運営を巡るトラブルや分譲時のトラブルなど分譲マンションを巡る裁判例に加えて、不動産取引を巡るトラブルや法人の権利能力など分譲マンションとの関係は薄いものの、マンション管理組合の運営を進めるにあたって参考となる事例も掲載されている。

ウエストロー・ジャパン株式会社プレスリリース(株式会社 PR TIMES/プレスリリース・ニュースリリース配信サービス) 2012年10月24日(参照)

 本レポートでは、検索システムに掲載されている裁判例をもとにどのような紛争が生じているのか、その傾向を明らかにしたい。
 なお、検索システムの裁判例の中には、社団法人の権利能力といった基本的な裁判例も多数掲載されている。本レポートでは、そうした基本的な裁判例を省いた865の裁判例で分析を行うこととする。

1.原告、被告など

 まず、検索システムに掲載されている裁判例について、誰が訴えているか(原告)、誰が訴えられているか(被告)について調べた。

①誰が訴えているか(原告の数、割合)

 原告となっている者は以下の通りであった(図1参照)。管理費等の未収納者などに関連する裁判を耳にすることが多く、管理組合が原告になるものが多いと想定したが、最も多いのは区分所有者であった。区分所有者と管理組合で全体の約70%を占める結果であった。

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②誰が訴えられているか(被告の数、割合)

 次に、誰が訴えられているか(被告)を調べた。被告の場合には、「分譲主・不動産会社・建築会社」という新築の分譲や中古の売買に関連する会社が3番目に多い結果であった。区分所有者と管理組合、分譲主・不動産会社・建築会社で全体の約76%を占める結果であった(図2参照)。

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③原告と被告の集計について

 誰が(原告)、誰を(被告)訴えているのかを、クロス集計を行った。
 ❶最も多いのは、管理組合が区分所有者を訴えているものであり、196事例(約23%)であった。代表的な例としては、管理費等の未収納者や義務違反者に対するものとなる。
 ❷次に多いのは、区分所有者が管理組合を訴えているものであり、124事例(約14%)であった。代表的な例としては、区分所有者が、総会決議や改修工事の無効を主張するものであった。また、後述するとおり、管理組合や理事長に損害賠償を求める主張も少なからずあった。

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2.争われている内容

 裁判において争われている内容を分類し、その数を調べた。
「分譲・売買」に伴うものが最も多く、眺望・景観に関するトラブルや重要事項説明に関わるトラブル、瑕疵(心理的瑕疵含む)などが多くみられた。次に多い「管理費等」は管理費等の未収納者に対して管理組合が訴えるものであった。

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3.裁判例の時期的な傾向

 裁判例について、事件番号の年をもとに、推移の検討を行った。ここでは、争われている内容をまとめて数の多い項目で年ごとの数をグラフにした。

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 全体的な傾向をみても明らかなように裁判例自体は増加の傾向にあることが分かる(図3参照)。総数が多いのは「①総会運営・閲覧請求・横領・管理組合役員選任・名誉棄損」と「②管理費等未収・義務違反・ペット」であり、2005年以降に増えている。「③分譲・売買・請負工事(瑕疵)・賃貸借契約」については、年によって違いがある。宅地建物取引業法の改正が数次にわたって行われており、重要事項説明内容の適正化などが行われているものの、訴訟という観点ではあまり変化が見られていないことも分かる。これは、管理規約に関するものでも同様と言える。管理規約については、1997年に比較的大きな改正が行われ、駐車場の専用使用権の整理や専有部分のリフォームの事前申請、共用部分と一体となった配管等の改修について整理が行われている。しかしながら、裁判例の数はそれほど多くはないものの「④管理規約・区分所有法・専用使用権」に関する訴訟は、一定の数で生じ続けている。

4.管理組合運営に伴うリスクとその備えについて

①管理組合運営にともなうリスク

 前項3で明らかになったように、管理組合運営に伴う訴訟が増加傾向にあるので、管理組合運営に伴うリスクを把握するために、損害賠償を請求しているものがどの程度あるのか、損害賠償の額についても確認を行った(図4参照)。
 管理組合や管理組合理事長、元理事長などが、管理組合運営に伴って被告となって何らかの責任を追及されている事例は220であった。そのうち、95件については、管理組合や理事長または元理事長(管理者を含む)に対して明確に金銭による損害賠償を請求している。なお、損害賠償請求の最低額は55,000円、最高額は2億5千万円であった。損害賠償額の平均は約1,000万円で、中央値は、約140万円であった。

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②リスクへの備え

 一般社団法人マンション管理業協会では、三井住友海上火災保険と連携協定を締結し、その第一段として、管理組合役員の業務に伴う損害賠償リスクを保証する役員賠償責任保険を組成し、2020年8月から管理組合向けマネジメント保険制度という名称で商品提供を行っている。

マンション管理業協会と三井住友海上 連携協定締結のお知らせ

 管理組合向けマネジメント保険の背景と内容は次のようなものである。
 ❶背景
 「建物の高度化・高経年化や居住者の高齢化、災害の激甚化、そして新型コロナウイルスへの対応など、マンションの管理・運営を取り巻く環境は厳しさを増し、こうした状況を受け、管理不全マンションの増加を懸念する地方公共団体もあり、行政が関与する動き」「建物の高層化や大規模化に伴う管理業務の高度化・複雑化、マンション標準管理規約の役員規程の整備などに伴う責任の増加、個人情報保護法改正による責任の強化など、管理組合役員が抱えるリスクは大きくなり、リスクのために、管理組合運営の停滞や管理組合役員のなり手不足といった問題が生じるおそれ」、「こうした現状を受けて、管理組合運営によって生じる損害賠償リスクを幅広く、かつ十分に補償する保険制度を開発(した)。」
 ❷内容
 「マンション管理組合の役員が管理規約に規定する業務に係る行為に起因して、損害賠償請求を受けたことによって負担する法律上の損害賠償金、弁護士費用、法律相談費用、初期解決費用等の損害や情報漏えい対応費用等を補償(する)」
※❶❷共に一般社団法人マンション管理業協会プレスリリース資料より抜粋

 一般的なリスクコントロールへの対処の考え方では、リスクを発生の頻度とリスクの大小をもとに検討される。生じることは稀ではあるが、生じた場合のリスクが大きいものは、保険をかけたり、専門家によって低減策を講じることとなる。管理組合役員として訴えらえることは、発生が稀であるが、リスクが大きい事項に該当するだろう。従来はリスクコントロールとしては、マニュアルの制定や規約の改正、丁寧な説明などが対応策とされてきた。一方で、管理組合役員が裁判で被告になり、損害賠償を請求されるなど業務から不可避的に発生するリスクについては、あまり議論されてこなかった。管理組合運営に伴う課題は、災害の激甚化や居住者の高齢化、建物の老朽化など様々であり、その対応のためには管理組合役員の意思決定が欠かせないが、意思決定にはリスクが伴うものである。この機会に管理組合役員のリスクのヘッジ策についても検討する価値があるものと考える。

以上

関連情報 参考文献

裁判所 裁判例検索(最高裁判所ホームページより)

ウエストロー・ジャパン株式会社 2012年10月24日プレスリリース(株式会社 PR TIMES/プレスリリース・ニュースリリース配信サービス)

マンション管理業協会と三井住友海上 連携協定締結のお知らせ

紛争の実態。マンションではどんな訴訟が起きているか?[0.3MB]

田中 昌樹
執筆者田中 昌樹

マンションみらい価値研究所研究員。一般社団法人マンション管理業協会出向中。現在は、マンションみらい価値研究所にて、防災・減災に関する統計データの活用や居住者の高齢化や災害の激甚化などの社会的な課題について、調査研究や解決策の検討を行っている。

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