※本コラムは、法律上の厳密さよりも、一般の方にとってのわかりやすさを優先して書いています。そのため、法律論としては単純化している箇所があります。正確な法的議論については、橘勝治「マンションの事故に関する損害賠償責任――令和8年1月22日付2つの最高裁判決について」および丸山英氣=香川希理「区分所有法理論の本質に迫る――令和8年1月22日に出された2つの最高裁判決を契機として」(いずれも『NBL』1314号〔2026年5月15日号〕、商事法務)をご参照ください。
はじめに――「管理組合が払えばいい」は本当か
ある朝、寝室の天井に茶色いシミが広がっているのに気づきます。上の階のベランダのひび割れから、雨水が染み込んでいたようです。壁紙は波打ち、家具は湿り、しばらく寝室は使えません。さて、この損害は、誰が賠償してくれるのでしょうか。
多くの方は「共用部分からの漏水なら、管理組合が払ってくれるはず」と考えるのではないでしょうか。実際、筆者の事務所に寄せられる漏水の相談は、10件のうち9件ほどが裁判にならず、管理組合が任意に(あるいは管理組合名義の保険で)支払って終わります。
ところが、「管理組合が実際に払っているか」と「管理組合が法律上の責任を負うか」は、まったく別の問題です。そして後者については、区分所有法が大改正された昭和58年以来40年以上にわたり、学者も裁判所も結論を出せずにいました。
令和8年(2026年)1月22日、最高裁判所は、マンションの漏水事故に関する賠償責任をめぐる同じ論点について、2つの判決を言い渡しました。最高裁がこの問題について判断を示したのは初めてのことです。「管理組合(区分所有者の団体)は、特段の事情がない限り、共用部分の『占有者』に当たる」。新聞各紙やテレビは一斉に「管理組合に賠償責任」と報じ、ネットニュースのコメント欄には「当たり前だ」「保険があるのだから」という声があふれました。
しかし、判決から時間が経つにつれ、筆者はこの判決が驚くほど誤解されたまま広まっていることに気づきました。しかも、誤解されたまま実務が動くと、今後日本中で増加する老朽化マンションの管理不全が深刻化する可能性すらあります。
実は筆者の事務所は、この2つの事件の両方で管理組合側の代理人を務めました。守秘義務がありますので、判例集や業界紙ですでに公表されている事実の範囲でしかお話しできませんが、だからこそ「この判決は何を決め、何を決めていないのか」を、できるだけ平易にお伝えしたいと思います。
2つの最高裁判決は何を決めたのか
同じ日に、同じ最高裁第一小法廷が、同じ論点について2つの判決を出しました。ただし、大手メディアが報じたのは第1事件だけです。第2事件は最高裁のウェブサイトに掲載されなかったため、マンション管理新聞などの業界紙を除き、ほとんど知られていません。
2つの事件はいずれも、マンションの共用部分の設置・保存に欠陥(瑕疵)があって損害を受けたと主張する区分所有者が、管理組合(区分所有法3条にいう「区分所有者の団体」)を相手に、民法717条に基づく損害賠償を求めたものです。争点も同じで、「管理組合は共用部分の『占有者』に当たるのか」という一点でした。
第1事件では、東京高裁が「管理組合は占有者に当たらない」として管理組合への請求を認めませんでした。第2事件でも、一審・二審とも同じ理由で請求が退けられていました。最高裁は、いずれについても「区分所有者の団体は、特段の事情がない限り、共用部分の占有者に当たる」と判断し、2つの事件を東京高裁に差し戻しました。
ここまでは共通です。しかし、2つの判決には明確な違いがあります。第1事件では、最高裁は「この事件には特段の事情はうかがわれない」と踏み込んで、管理組合が占有者に当たることを前提に、「損害額等」について審理をやり直すよう命じました。第2事件では、特段の事情の有無には触れず、ただ「更に審理を尽くさせるため」とだけ述べて差し戻しています。つまり第2事件では、特段の事情があるかどうかも含めて、高裁でもう一度審理されることになります。同じ日に、あえて判断の深さを変えているのです。
何が「特段の事情」に当たるのかは、判決文には書かれていません。管理組合が「権利能力なき社団」としての実態を備えていない場合はその代表例でしょうが、規約の有無、組合財産の有無、区分所有者の状況など、マンションごとに千差万別の事情が関係し得ると筆者は考えています。この点は、第2事件の差戻審での判断を待つことになります。
もう一つ、見落とされがちな点があります。2つの事件で請求された損害の大部分は、「部屋の価値の下落分」「部屋を使えなかった期間の家賃相当額」「貸していれば得られたはずの収入」であって、補修工事の費用ではありませんでした。つまり争われていたのは「壊れた建物を誰が直すか」ではなく、「過去の事故による損失を、誰の財布から払うか」だったのです。この点は、後で述べる修繕積立金の問題と深く関わってきます。
「占有者」とは何者か――民法717条のしくみ
ここで、判決の鍵となる民法717条を見ておきましょう。難しい条文ではありません。
| 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵(かし)があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。 |
要するに、建物などの「工作物」に欠陥があって誰かに損害を与えたら、まず「占有者」が賠償する。占有者がきちんと注意を払っていた場合には、「所有者」が賠償する、というルールです。古くなった外壁のタイルが剝がれて通行人にけがをさせた、といった場面を想像してください。
では、マンションの外壁やベランダの躯体、廊下、エレベーターといった共用部分の「所有者」は誰でしょうか。答えは、区分所有者全員です。共用部分は管理組合のものではなく、区分所有者全員の「共有」です。これは、管理組合が法人になっても変わりません。
それでは「占有者」は誰なのか。この問いに、法律の世界は40年以上答えられずにいました。昭和58年の区分所有法改正を実際に担当した法務省の濱崎恭生氏は、その解説書で「管理組合を第一次的な責任主体と解するのは無理ではないか。民法の原則に戻って、区分所有者全員が連帯して責任を負う」という趣旨を書いています。一方で「管理組合こそが占有者だ」とする考え方もあり、高等裁判所の判決も「当たらない」(東京高裁・平成29年)と「当たる」(福岡高裁・平成12年)に分かれていました。
最高裁の理屈は、こうです。区分所有法では、区分所有者は全員で建物を管理するための「団体」を構成し(3条)、共用部分の管理は「集会の決議」で決める(18条)。だから、共用部分を支配管理して安全性を確保するのは、基本的にその団体の役目である。しかも団体は、区分所有者から持分に応じて管理のための費用を集めているのが通例だ(19条)。事故が起きたら団体の財産から賠償するのが、区分所有者の通常の意思に沿うし、被害者の保護にもなる。したがって、特段の事情がない限り、団体は「占有者」に当たる――。
一見、筋が通っているように見えます。しかし、この「団体の財産から払うのが区分所有者の通常の意思」という一文こそが、実務に深刻な波紋を広げることになります。
管理組合の財布と区分所有者の財布は同じではない
最高裁の判断の根底には、「管理組合が払おうが、区分所有者が分担して払おうが、結局は区分所有者の財布から出るお金で同じこと。それなら管理組合の財布から払うほうが便利だし、被害者も救われる」という発想があるように見えます。
しかし、2つの財布は同じではありません。理由は2つあります。
第一に、財布にお金を入れている「人」が違います。
漏水が起きたのが2015年、裁判で賠償が認められたのが2025年だったとしましょう(ここでは時効の問題は考慮しないこととします。なお、この種の裁判は長期化しがちで、提訴から判決まで5年以上かかることも珍しくありません)。2015年の区分所有者はA・B・C・Dの4人でしたが、2025年にはCとDが売却して引っ越し、代わりにEとFが入居していました。
本来、事故の責任を負うべきなのは、事故当時の所有者であるA・B・C・Dです。ところが、管理組合が修繕積立金から賠償すると、その穴埋めをするのは「今」の区分所有者であるA・B・E・Fです。事故とは無関係に後から入ってきたEとFが実質的に損害を負担し、責任があったはずのCとDは逃げ切る。これはどう考えても不公平です。
第二に、お金の「目的」が違います。
修繕積立金は、国土交通省のガイドラインに沿って、長期修繕計画に必要な工事費の総額から逆算して決められています。そこに「将来の損害賠償金」は含まれていません。標準管理規約が定める管理費や修繕積立金の使い道にも、損害賠償は想定されていません。管理組合は、区分所有法3条が言うとおり「建物を管理するための団体」であって、「賠償するための団体」ではないのです。
この2つのズレが、管理不全マンションで重なると何が起きるか。筆者が最も懸念しているのは、次のような悪循環です。

まるで修繕積立金の「ババ抜き」です。もともと積立金に余裕のないマンションで、賠償が修繕に優先すれば、最後に残るのは「直したくても直せない建物」と、そこに住み続ける人たちです。管理組合の財布から賠償させる判決が、本当に被害者全体の救済になるのか。筆者には疑問が残ります。
判決をめぐる4つの誤解
判決から数か月の間に、筆者は数多くの報道や解説を読みましたが、そもそも論の誤解がかなり広まっています。代表的な4つを解いておきます。
誤解①「これからは、共用部分の事故は必ず管理組合の責任になる」
そうとは限りません。最高裁は「特段の事情がない限り」と留保を付けています。特段の事情があれば、管理組合は占有者に当たりません。さらに、占有者に当たるとしても、民法717条のただし書きのとおり、管理組合が「損害の発生を防止するのに必要な注意」をしていれば免責され、責任は所有者である区分所有者に移ります。何が「特段の事情」で、何が「必要な注意」なのかは、今回の判決では一切示されていません。これらは差し戻された高裁などで、これから初めて本格的に議論されることになります。
誤解②「区分所有者個人は、もう責任を負わなくてよくなった」
この点も、判決はそこまで述べていません。最高裁が判断したのは「管理組合が占有者に当たるか」だけで、区分所有者個人が占有者に当たるかどうかには一言も触れていません。それどころか、第1事件では、区分所有者に対する賠償請求が控訴審で一部認められ、すでに確定しています。つまり、管理組合「も」占有者になり得るし、区分所有者「も」占有者になり得る。両者の責任がどういう関係に立つのか、管理組合が払った分を区分所有者に求償できるのかといった問題は、まだ手つかずです。
誤解③「規約に『管理組合が対応する』と書いてあるのだから当然だ」
管理規約は、区分所有者同士の内部ルールです。区分所有法30条が規約で定められるとしているのは「区分所有者相互間の事項」に限られ、部外者である被害者に対して「誰が法的責任を負うか」を規約で決めることはできません。規約に「管理組合が対応する」とあっても、それは「本来は区分所有者全員が負う賠償債務を、管理費等の組合財産から支払うことに内部的に合意した」という意味にすぎないのです。「誰が払うか(費用の負担)」と「誰が責任を負うか(責任の帰属)」は、はっきり区別しなければなりません。
誤解④「保険が管理組合名義なのだから、管理組合が責任主体なのは当然だ」
判決後の報道に対する反応として、最もよく見かけた受け止め方かもしれません。ただ、保険契約の名義と法的責任は、分けて考える必要があります。共用部分の所有権は区分所有者の共有ですから、管理組合名義の保険は、法律上「他人のためにする保険契約」であり、保険金を請求する権利は各区分所有者に帰属します。これは立法担当者の濱崎氏が40年近く前の解説書ですでに明言していることです。筆者が知人の車のために保険契約を結ぶことはできますが、だからといって筆者がその車の事故の責任を負うわけではない――それと同じです。
実は、法律のどこにも「管理組合」は書かれていない
ここからは少し踏み込んだ話になりますが、今回の判決が「パンドラの箱」を開けたと言われる理由に関わる、とても大事な話です。
「2つのマンション法」
マンションの憲法とも呼ばれる区分所有法には、「管理組合」という言葉は、どこにも出てきません。「理事会」も「理事長」も、そもそも「マンション」という言葉さえ出てきません。法律に書かれているのは「区分所有者」と、区分所有者の「代理人」である「管理者」、そして区分所有者が集まる「集会」だけです(「管理組合法人」という言葉はありますが、法人化した場合の話です)。
「理事会」や「理事長」、「管理組合が管理する」という考え方は、昭和57年に当時の建設省が作った「標準管理規約」に由来します。一方、区分所有法の大改正は昭和58年、法務省の仕事です。この2つは、ほぼ同時期に、しかしまったく異なる発想で作られました。標準管理規約は、その後に分譲されたマンションのほとんどで採用され、事実上「法」のように機能してきました。
区分所有法研究の第一人者である丸山英氣・千葉大学名誉教授は、これを「2つのマンション法」と呼んでいます。法務省の区分所有法は「管理者による管理」を前提とし、建設省(現・国土交通省)の標準管理規約は「管理組合による管理」を前提とします。両者がすり合わせのないまま40年以上並走してきたことが、マンション法務のあらゆる混乱の根源だというのです。
区分所有法は「団体の法律」ではなく「共有」の特則
では、法律を作った人たちは、区分所有法をどういうものだと考えていたのでしょうか。答えは明快です。「区分所有法は団体の法律ではなく、民法の共有の特則にすぎない」。
民法では、3人で建物を共有していれば、管理の方針は持分の過半数で決め、建物を変更するなら全員の同意が必要です。しかし、区分所有者が300人いるマンションで、300人全員の同意や過半数の話し合いをその都度行うのは不可能です。そこで、「集会の決議」という仕組みを用意した。それが区分所有法の17条や18条であって、「集会」は単なる意思決定の方法であり、株主総会のような「団体の機関」ではない。3条に「団体を構成し」とあるのも、建物管理の仕組みを確認的に宣言しただけで、この条文が団体に権利や義務を与えるわけではない――立法担当者である濱崎恭生氏は、著書『建物区分所有法の改正』(法曹会、1989年)でそう説明しています。
決定的な違いは「代表」と「代理」です。会社では、代表取締役の行為は会社自身の行為とみなされ、責任も会社に帰属し、株主の個人財産とは切り離されます。これに対して区分所有法の管理者は、区分所有者全員の「代理人」です。代理人の行為の効果は本人に帰属しますから、外部への責任も区分所有者自身が引き受けます(29条)。立法担当者は、団体に責任を帰属させる「代表」の仕組みを、あえて採用しなかったのです。
立法担当者が用意していた被害者救済のルート
そして立法担当者は、被害者の救済のために、別のルートをきちんと用意していました。
一つは、民法の原則です。区分所有者全員が連帯して責任を負うので、被害者は全員を訴える必要はなく、1人の区分所有者に全額を請求できます。「全員を訴えないといけないなんて被害者に酷だ」というのは誤解です。
もう一つが、区分所有法26条4項です。管理者(通常は理事長)は、規約や集会の決議によって、区分所有者のために原告にも「被告」にもなれます。この場合、判決の効力は区分所有者全員に及びます。管理者はいわば「ストロー」で、管理者を通して区分所有者全員に責任を届けることができます。しかもこのルートなら、責任を負うのは「事故当時の区分所有者」であって、後から入ってきた人ではありません。
ところが、このルートは学者や弁護士、裁判官にさえほとんど知られていませんでした。筆者自身、26条4項に基づいて管理者が「被告」として訴えられた事件を経験したことは一度もありません。実際の訴訟では、ほぼ例外なく管理組合そのものが訴えられてきました。そして最高裁は、この「被告選択の誤り」を、規約の改正ではなく、「管理組合への請求」という第3のルートを新たに認めることで救済したのです。筆者には、これは「被害者の救済」というより「法の不知の救済」に見えます。
立法責任者からの反論
今回の最高裁判決に対しては、昭和58年改正の立法責任者である橘勝治氏(当時・法務大臣官房審議官)が、判決後に発表した論文(「マンションの事故に関する損害賠償責任――令和8年1月22日付2つの最高裁判決について」『NBL』1314号(2026年5月15日号、商事法務)で正面から反論しています。法律を作った本人が、40年超の沈黙を破って書いた論文です。
橘氏はまず、廊下や階段、外壁などの共用部分は区分所有者全員の共有である以上、「損害賠償責任を負うのは共有者全員、すなわち区分所有者全員である」と確認します。そのうえで、最高裁が区分所有法18条の「集会」を根拠に団体の存在を導いた点を、こう批判します。「『集会』には、関係者が参集する会であること以上の意味はない。法は、集会を運営するシステムにはまったく触れていない。すなわち、集会には運営のための執行機関が存在しないのである」。そして、「集会というシステムを持つグループは、社会的な意味において団体の概念に入るにしても、権利の主体となり得る法的な団体ではあり得ない」と断言します。
さらに橘氏は、管理組合に責任を負わせることが本当に被害者のためになるのかにも疑問を投げかけます。最高裁の論理は「被害者の救済に力点を置いた論と思われるが、ここでも論理の飛躍がある」。なぜなら「管理組合は、法によって強制されたシステムではなく、任意の団体である」からです。「そもそも、小規模のマンションで管理組合を置く意思のないマンションがある。こう見てくると、管理組合に責任を負わせるための強引な論を立ててみても、必ずしも被害者救済の実効性がないことが明らかである」。
では被害者はどうすればよいのか。橘氏の答えはシンプルです。民法717条の責任は連帯責任だから、「区分所有者の1名ないし少数者を相手にして損害全額の賠償を求めることが可能である。これが民法に即した基本的な解決方法であり、最も有効な方法である」――法律を設計した当人の言葉です。
これからのマンション管理に必要なこと
なぜ立法担当者と最高裁の考えは、ここまで食い違ったのでしょうか。筆者は、2つの「頭に描いているマンション像」が違いすぎたのだと考えています。
一方、今回の最高裁が念頭に置いたのは、規約があり、管理費や修繕積立金を定期的に集め、理事会が動いている「普通のマンション」です。だから「団体が支配管理している」「団体の財布から払うのが通常の意思だ」という判断になった。原則と例外が、きれいに入れ替わっているのです。
丸山先生は著書の中で、「権利能力なき社団の法理と管理者による管理の法理の2つの法理が対立したときどうなるか、わが区分所有法での最大のアポリアである」と書いています。アポリアとは、ギリシャ語で「解きがたい難問」のことです。今回の判決は、まさにその難問が形になって現れたものと言えるでしょう。そして判決は、実務にさまざまな宿題を残しました。筆者が丸山先生との共著論文で整理した、今後議論が必要になる論点をいくつか挙げておきます。
• 管理組合の責任と区分所有者の責任の関係。
一方の責任が認められた範囲でもう一方は免れるのか、両者が連帯するのか。連帯するなら、求償関係はどうなるのか。
•「特段の事情」の中身。
管理組合が権利能力なき社団の実態を備えていない場合に限られるのか、規約や組合財産の有無など他の事情も考慮されるのか。
• 団地型や複合用途型のマンションでは誰が「占有者」になるのか。
団地では修繕積立金を団地管理組合が持つ一方、棟ごとの団体は財産を持たないことも多く、権利関係はさらに複雑になります。
•「権利」と「義務」のねじれ。
令和7年の区分所有法改正の議論では、共用部分に関する損害賠償請求権(権利)は個々の区分所有者に帰属し、団体には帰属しないことが前提とされていました。ところが最高裁は、損害賠償の「義務」は団体にあるとしました。権利は区分所有者、義務は団体という整理で本当によいのか。
令和7年に改正された区分所有法には、「施行後5年を経過した時点で見直しを検討する」という規定(附則11条)があります。筆者は、これを根本的な議論を始める好機だと考えています。ただし、その前にやるべきことがあります。「管理組合はこうあるべきだ」という理念を語る前に、「今の条文のどこに何が書いてあり、解釈でできることはどこまでか」という理論の土台を、関係者が共有することです。理念は多様であってよいのですが、土台がないまま議論すると、今回のように司法と立法の考えが真っ向から食い違う事態が、また起こります。
今回の判決は、たしかに区分所有法の「パンドラの箱」を開けました。しかし、神話のパンドラの箱の底には「希望」が残っていたと言われます。管理組合という、法律のどこにも書かれていないのに日本のマンションを40年以上支えてきた存在に、ようやく正面から光が当たったのです。この判決を、マンション管理の法律を実態に合わせて作り直すきっかけにしていく。それが、箱を開けてしまった当事者の一人として、筆者が願っていることです。
参考文献
橘勝治「マンションの事故に関する損害賠償責任――令和8年1月22日付2つの最高裁判決について」『NBL』1314号(2026年5月15日号、商事法務)37頁
丸山英氣=香川希理「区分所有法理論の本質に迫る――令和8年1月22日に出された2つの最高裁判決を契機として」『NBL』1314号(2026年5月15日号、商事法務)39頁
濱崎恭生『建物区分所有法の改正』(法曹会、1989年)
丸山英氣『区分所有法〔第2版〕』(信山社、2023年)