令和8年8月千葉豪雨で被災された皆さま、および、9月の東海地方での大雨により被災された皆さまに謹んでお見舞い申し上げます。
私も千葉県民であり、大きく報道された地域の一角に居住している。あの日、都内から帰宅しようとした私は、自宅にたどり着くまでに4時間以上を要した。途中、どうしてもトイレに行きたくなり、その時点ではまだ徐行運転を続けていた電車を降りて、駅のトイレに向かった。そこには、すでに帰宅困難となった人々による長い列ができていた。トイレから出たときには、電車はもう動いていなかった。
ようやくたどり着いた最寄り駅の前には、まるで別世界のような光景が広がっていた。銀行や飲食店はすでに浸水し、マンホールからは水があふれ出していた。
都市型災害のあり方
今回の千葉豪雨は、これまで私たちが想定してきた都市型災害のあり方を改めて問い直すものとなった。都市型災害は、都市に建つマンションにとっても無関係ではない。今回、特に浮かび上がった問題は、第一に被災車両の問題、第二にインフラとマンション設備の復旧の問題、第三に真夏の災害であったという点である。
報道によれば、道路上で動けなくなった車両は約2,500台にのぼるという※1。報道では、道路上に取り残された車両を「放置車両」と表現する例も見られた。しかし、これらを一律に「放置車両」と呼ぶことには、強い違和感がある。
あの豪雨のなかで、多くの人は車を見捨てたのではない。命を守るため、やむを得ず車を離れたのである。その後も被災車両の回収が追いつかず、レッカー車の手配さえ難しい状況が続いたという。無責任に置き去りにされたわけではない車両を「放置車両」と呼ぶことには、抵抗を覚える。「被災車両」あるいは「残置車両」といった表現のほうが、その実態に近いのではないだろうか。
※1 千葉市 道路上の豪雨による被災車両の対応状況 https://www.city.chiba.jp/kensetsu/doboku/dobokukanri/20260813ooame_houchitaiou.html
しかし、呼称の問題とは別に、大量の被災車両が都市機能に深刻な影響を及ぼすことも事実である。冠水した道路に動かなくなった車が並べば、緊急車両の通行や復旧作業の妨げになる。マンションの駐車場でも、同様の事態が起こり得る。平面駐車場や機械式駐車場が浸水すれば、車両が動かなくなるだけでなく、ほかの車両の出入りも困難になる。機械式駐車場そのものが故障すれば、管理組合に予定外の修繕費用が生じる可能性もある。
実は、機械式駐車場の浸水リスクは、今回初めて指摘された問題ではない。20年以上前から、豪雨時における弱点として警鐘が鳴らされてきた。浸水が予想される場合には、事前に車両を機械式駐車場から移動させることが、現実的な対策の一つとなる。非常時に車両所有者同士で連絡を取り合えるよう、緊急連絡網を整備している管理組合もある。しかし、こうした備えがすべての管理組合で十分に整っているとは言い難い。
第二に、マンション設備の脆弱性も改めて浮き彫りになった。地域の電力や水道が復旧しても、マンションでは停電や断水が続くことがある。地下や低層部に設置された受変電設備や給排水設備が浸水し、ポンプなどが故障すれば、地域のライフラインが復旧した後も、その建物だけが機能不全に陥る可能性があるからだ。
この問題も、決して新しいものではない。2019年の台風19号、すなわち令和元年東日本台風では、武蔵小杉のタワーマンションで地下設備が浸水し、停電や断水、エレベーターの停止が長期間続いた。当時、「地下設備の浸水リスク」として大きく報じられた。
今回の千葉豪雨が示したのは、それが一部の象徴的なマンションだけに起こる問題ではなく、広い地域で同時多発的に発生し得るということである。個々の問題は以前から知られていたとしても、それらが広域かつ複合的に発生し、都市全体の復旧を遅らせる点に、今日の都市型災害の新しさがある。
第三に、今回の災害には、もう一つ重要な特徴がある。それは、真夏に発生したということである。
停電や設備の故障によって空調設備が使えなくなった場合、冬であれば、状況によってはほかの暖房器具で代替できるかもしれない。しかし、猛暑のなかで冷房が使えないことは、直ちに生命に関わる問題となる。高層マンションでは、窓を開けられない住戸や、窓を開けても十分な通風を確保できない住戸もある。さらに、断水によってシャワーやトイレが使えなくなれば、衛生環境も悪化する。
これまで「ライフラインの復旧」と聞けば、主に電気、ガス、水道の復旧を思い浮かべてきた。しかし、これからは「冷房を使用できるかどうか」も重要な防災課題として考えなければならない。現代の都市生活において、冷房はもはや贅沢品ではない。真夏には、電気や水と同じく、人の命を支える生存インフラなのである。
「在宅避難」とこれからの防災
「在宅避難」という言葉が使われるようになって久しい。自宅に水や食料、防災用品を備蓄している人も多いことだろう。しかし、真夏に冷房のないマンションの一室にとどまり続けることが、本当にできるだろうか。
今後の防災訓練では、「在宅避難」を一律に強調するだけでなく、どのような状態になったら自宅を離れるべきかという避難の判断基準を明確にする必要がある。例えば、室温が一定の水準を超えた場合や、停電の復旧に長時間を要することが見込まれる場合には、高齢者や乳幼児、持病のある人を優先し、冷房が使用できる避難所などへの一時的な移動を呼びかけることも考えられる。
また、大規模マンションのなかには、非常用発電機や蓄電池を備えているところもある。こうした設備でどこまで電力を確保できるのかをあらかじめ確認したうえで、非常用電源で稼働できるスポットクーラーなどを用意し、集会室等に一時的な「クールスポット」を設置できるようにしておくことも、一つの対策となるだろう。
日本の防災は、長らく地震を中心に考えられてきた。もちろん、それは間違いではない。しかし、気候変動の影響により、線状降水帯や記録的短時間大雨が頻発する時代を迎えた今、防災の前提そのものを見直す必要がある。
千葉豪雨が私たちに突きつけたのは、都市そのものが抱える脆弱性であり、「都市で暮らし続けるための防災」を改めて問い直す契機である。震災への対策に加え、異常気象による広域水害への備えをどのように構築するのか。その答えを見いだすことが、これからの都市防災に求められている。