海外からの旅行者が増加し、東京が世界的な観光地であるということを改めて認識するようになった。外国人旅行者に人気があるのは、浅草寺、銀座のブランド店街、歌舞伎町の飲食店街、渋谷のスクランブル交差点などである。こうしたシンボリックな観光地の周囲には、多くの場合マンションが存在している。駅前のタワーマンション、住宅地の中層マンション、郊外の団地。もはや東京という都市を語るうえで、マンションを無視することはできない。
では、マンションは東京の風景になり得ているのだろうか。
1. 「見えない存在」としてのマンション
不思議なことに、観光客がSNSにアップする「東京らしい観光地」の写真を見ると、マンションが主役として写されることは多くない。マンションはむしろ避けて撮影されているのではないか思うほどである。これほど数多くに存在しているにもかかわらず、「東京の風景」としてはどこか匿名的である。
この理由の一つは、マンションが「私有財産」であると同時に、「閉じた建築」だからではないだろうか。商店街や公園のように人を引き込むわけではなく、基本的には居住者のための空間である。外から見えるのはエントランスとバルコニーだけで、内部の生活は都市空間から切り離されている。この「目に見えているのに、強い印象として残りにくい」という特性により、風景として意識されにくい要因とになっているのではないだろうか。
2. 「過去と現在を対比する存在」としてのマンション
東京の下町としての街並みが保存されている谷中エリアを例にとってみよう。谷中銀座商店街は、こぢんまりした昔ながらの商店と、おしゃれなカフェが混在しながら立ち並ぶ人気スポットである。この商店街を入り口から正面を撮影すると、商店街の突き当りにあるマンション群が目に入る。谷中銀座を紹介する観光サイトでも、マンションは「背景」として、過去と現在を対比する存在のひとつになっているようだ。
商店街突き当りの景色としてのマンション
谷中銀座からさらに歩いて丘の上に上がると、谷中霊園に出る。谷中霊園は静かな空間が広がり、周囲よりもやや高い位置にある。この空間では、マンションは、現在の生活を象徴する存在として、時間の流れや街の変化を示す風景の一部となっている。谷中エリアにおけるマンションは、過去と現在のつながりを示す要素のひとつとも言える。
静かなたたずまい
谷中霊園(東京都台東区)
参考
谷中銀座商店街振興組合連合会 https://www.yanakaginza.com/
谷中霊園:https://www.tokyo-park.or.jp/reien/yanaka/index.html
3. 現代建築のシンボルとしてのタワーマンション
一方で、確かに東京の風景となっているマンションもある。
例えば、湾岸エリアのタワーマンション群である。昼は巨大な都市のシンボルであり、夜になると無数の窓明かりが海辺に浮かび上がる。人々はそれを「東京らしい景色」として写真に撮る。つまりマンションは、単体では匿名的であっても、マンション群として目の前に現れた時、都市の時代性を象徴する景観として認識されやすくなる。東京においてタワーマンションは、「建築」として記憶されるというより、「社会の状態」としてその風景の一部になっている。
4. 日本の歴史を語り部として伝えるマンション
表参道ヒルズ建築時に取り壊されずに保存された「同潤会アパート」や、北区の旧赤羽台団地にある「URまちとくらしのミュージアム」のように、特定の時代の価値観や都市政策を保存しようという動きもある。そこには「住宅の大量供給」「核家族化」といった、東京の歴史そのものが刻まれている。こうして保存されたマンションは、ひとつの観光ポイントとなりつつある。
表参道ヒルズ横に取り壊さずに保存される
同潤会アパート(東京都渋谷区)
古い団地群を保存・展示する
URまちとくらしのミュージアム(東京都北区)
さらに近年では、古い団地に価値を見出す人も増えてきた。古い団地巡りを楽しむ人々もいるようだ。1970年代マンションに代表されるゆとりある広場、管理組合によって維持されてきた植栽やコミュニティ。そこには単なる不動産価値では測れない、「時間の蓄積」がある。そこに魅力を感じる人にとっては、団地は「東京の風景」なのである。
参考
URまちとくらしのミュージアム:https://akabanemuseum.ur-net.go.jp/
5. 東京の風景としてのマンション
都市の背景として存在し、強く印象に残りにくいマンションがある一方で、ある時代の団地、長い時間を経たマンション、湾岸のタワーマンションのように、時代の変化を映し出す「東京の風景」になっているマンションもある。マンションに関わる人々は、建築物として捉えるだけでなく、長く人々の心に残るマンションにするために、人々の暮らしや、今の生活を映す風景としても意識していくべきではないだろうか。
