バリ島に移住して16年経つ知人から、今のバリ島の様子を聞いた。
「最近は、すっかり日本人より韓国や中国からの観光客が多いように感じる」らしい。円安の影響で海外旅行を自粛ぎみなのか、かつての日本人のバリ島ブームが去ったのか、理由はいろいろあるのだろう。
実際に街を歩いていると、民芸品を売る露天商の人々からは「こんにちは」ではなく「アニョハセヨ」と声を掛けられる。かつての賑わいを知るバブル世代の私には、少し寂しい気持ちもある。
今回は、そんな変化の中にあるバリ島のサヌール地区を紹介しよう。
接道していない家々
サヌール地区は、クタなどの都市と比較すると、落ち着いた、素朴な雰囲気がある。サーフィンが盛んな街として知られ、訪れる外国人観光客もサーファーが多い。
高い建物に上がり、住宅街を見下ろすと、家々の屋根が折り重なって連なっているのが見える。こうした住宅の間には「道路らしい道路」がない。隙間をのぞき込むと、屋根の間を人々が行き交い、バイクが走る。日本のように「建物は4メートル以上の道路に2メートル以上接道(※1)しなければならない」というような規定はないようだ。知人にこのあたりの事情を聞くと、次のような話であった。
「もともと、広い土地の上にポツポツと集落ができていった。集落はいわゆる共同体で、皆で助け合って生活している。そこに後から道路を通したので、日本でいう接道の仕組みはない。軒下を共有して通行できれば、それで問題ないのでしょう」とのこと。それでも、火災が起きたらどうするのか、緊急車両が入れないのではないか——30年以上もマンションと関わり続けてきた私の日本人的な発想がつきまとう。
道路や水道のインフラは共用部分
集落では、軒下を道路として共用しているだけではない。接道していないのであるから、当然に水道管も各住戸にすべて行き渡っているわけではない。集落内には、日本の受水槽に似たタンクが設置されており、水はそこから給水されている。この給水タンクも共用だという。インフラ設備は、行政や個人だけに依存するのではなく、集落の人々が中心となって守っているのだ。まるで、日本のマンションの共用部分のようではないか。
この集落の結束は非常に強い。生まれた時からそこで暮らし、集落全体で子育てをし、最期を看取る。集落にいる全員が家族のような存在であるという。管理組合との違いを挙げるとすれば、結束力の違いだろうか。共用部分を維持管理していくには、そのくらいの結束が求められるのかもしれない。
野良犬なのか、飼い犬なのか、道路上をよく犬が歩いていた。人に慣れているようで、特に吠えたりもしない。「あの犬は誰かが飼っているのですか?」と現地の人に聞いてみた。「みんなの犬です」との返事。特に誰が飼うというわけでもなく、あちこちの家で餌をもらっているそうだ。犬もまた集落の一員なのである。ほのぼのとした感覚に包まれる。
日本の通信インフラは、1890年に東京、横浜間で開通したと言われている(※2) 。今から130年前のことである。その後、街中の道路に電柱を敷設し、範囲を拡大し、固定電話が普及することになった。いまや、その固定電話も衰退しつつある。
もし今から通信網を発達させるのであれば、必ずしも電柱を大量に敷設する必要はない。衛星通信や携帯基地局を組み合わせることで、電柱に依存せずに通信網を整備する例も増えている。つまり、日本や他の先進国が130年かけて歩んできた電柱中心の通信インフラと同じ道を辿らずとも、短期間で高度な通信環境を整えられる可能性がある。
バリ島もまさにその通りの状況である。携帯基地局が住宅街に建ち並び、誰もがスマートフォンを操作している。街角のベンチでは、隣同士に座りながらも、SNSで写真やメッセージを送りあって楽しんでいる。日本の若者達の様子と何ら変わらない。
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屋根と床
バリ島には雨季があり、時折、熱帯雨林気候の特徴でもあるスコールが襲う。一瞬のうちに道路は冠水し、家の中では雨漏りがする。それでも人々はあまり気にしていない様子だ。いくつかの星のついたホテルでも同様である。あっという間にそこら中が水浸しになる。
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家の屋根は写真でもわかる通り、赤い瓦屋根である。バリ島で産出される赤い土の色がそのまま瓦の色になっている。そういえば、日本でも沖縄の瓦は赤で石川県の瓦は黒い。瓦はその土地の土の色と調和し、街の風景になる。
バリ島の家々の雨漏りを根本的に改善しようとするなら、コンクリートの陸屋根に防水技術を駆使して施工することになるだろう。そうなれば、バリ島の赤い屋根が連なる風景が失われてしまうかもしれない。人々の生活の中で、雨漏りが許容されているなら、ひどい雨漏りはでない限り、このままの姿を保つという考え方もあるのかもしれない。
さらに、床は石だ。ホテルやショッピングセンターなどでは、つるつるに磨き上げた大理石を使用しているから余計に滑りやすい。日本のマンションのエントランスでこの素材を使用したら、居住者の誰かが滑って転んでしまい、賠償責任問題に発展する可能性もある。
バリ島では、なぜ磨いた大理石を使用するのか。
推測ではあるが、掃除のしやすさが優先されているのではないか。スコールが去った後のびしょ濡れの床は、清掃スタッフがさっとモップで拭いて終了だ。表面がザラザラとした材質を使用すれば、高い気温と湿度の高さでカビやコケで覆われてしまうだろう。
人が多く通る場所では、スコールの間だけマットが敷かれることもある。雨が止んだら、濡れたマットをどかして干しておけば、あっという間に乾いてしまう。つるつるの大理石の床は、メンテナンスを優先した結果なのかもしれない。人が滑って転ぶかもしれないというリスクばかりを考えてしまう私にはない発想だ。
バブルの時期、私にとって赤い屋根は南国ムードいっぱいの憧れの風景であり、大理石の床は高級リゾートホテルの象徴であった。そんな風景にリスクを想定してしまうのは、40年近い月日のなせる業なのだろう。
見えなかった風景が見えるようになってきたことを喜ぶことにしよう。
(※1)建築基準法第43条
(※2)NTT技術資料館 https://hct.rd.ntt/area/history_01.html
