マンションのバルコニーに見る洗濯物文化~マンション設備の再考②~

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マンションのバルコニーに見る洗濯物文化~マンション設備の再考②~

洗濯物を干すという文化

今回は少し視野を広げて、世界の洗濯物事情について考えてみよう。
 ニューヨークに留学経験のある知人によると「洗濯物は街中のコインランドリーに専用カートで運ぶ」のだそうだ。コインランドリーもそこかしこにあるという。
 ドイツに留学経験のある別の知人によると「今はマンションの各住戸に洗濯乾燥機があるが、昔は地下に共用のランドリールームがあり、皆でおしゃべりをしながら洗濯をしていた」とのことだった。ドイツは乾燥した気候であるから地下に洗濯物を干していても湿気は気にならないという。さらに、しばらくランドリールームで顔を見かけない住民がいると「あの人はどうしているか」など安否を気づかう場にもなっていたという。
 確かに欧米の風景写真をみても、過去の旅行の記憶をたどっても、バルコニーに洗濯物が干されている風景を見た記憶はない。
 では、アジア圏ではどうだろうか。上海では、窓から長い竿を突き出して洗濯物を干す光景が有名で、街の象徴のひとつになっている。洗濯物を「問題」ではなく「観光資源」にしているとも言える。台湾では、防犯上の理由からか、バルコニーに格子がはめられている光景をよく目にする。格子の向こうには洗濯物が干されている。格子があれば盗難や落下の心配も少ない。
 こうして見ていくと、洗濯物をどこに干すのかは、その土地の気候や生活様式と密接に結びついた「文化」の一部であると言ってもよいだろう。

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物干し金物の歴史


 今から20年ほど前まで、マンションのバルコニーに設置されている物干し金物は、「天吊り型」が主流であった(図1参照)。

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 しかし、今ではバルコニーの手すりと一体になっている「一体型」が多い(図2参照)。

図2

C210_3.png なぜ物干し金物は「天吊り型」から「一体型」に変化したのだろうか。その理由として考えられるのは、①美観上の問題と、②施工のしやすさ、の2点である。

「一体型」が美観上の問題を解決

 「バルコニーに洗濯物を干してよいか」
 管理会社の社員であれば、居住者から何度か聞かれた経験があるだろう。マンション管理における代表的な質問のひとつである。新築時から使用細則によりバルコニーに洗濯物を干すことを禁止している例もある。その背景には、マンション建設時の近隣住民からの要望や、条例、協定などがある場合が多い。しかし、郊外型のファミリーマンションで洗濯物を干すことができないのは、家族構成や子供の年齢によっては不便に感じることもあるだろう。ここでバルコニーに洗濯物を干すことに関する「美観上の問題」について意見の対立が発生する。美観は主観に左右されるため、一度問題になるとなかなか解決しない。音の問題などと同様、長期化しかねない。
 なお、高層マンションでは、美観の問題に加えて「落下の危険性」という別の問題も生じる。洗濯物であっても、高層階から落下し、下を歩く人やモノに当たれば被害が出る可能性もある。
 「天吊り型」は、洗濯物を高い場所に干すことになるため、遠くからでも視認されやすい。一方、「一体型」は手すりとほぼ同じ高さに設置されるため、手すりや腰高壁などに隠れて洗濯物が見えにくい。「外に干したい」というニーズと「美観を維持したい」というニーズを両立することができる。一体型がマンション市場にすぐに受け入れられたであろうことは想像に難くない。

「一体型」の施工のしやすさが普及を加速

 

 ゼネコンに勤務する知人に、物干し金物の変遷について聞いてみた。「20年くらい前までは天吊り型が主流で、天井の下地処理などが面倒だった覚えがある」と当時を振り返っていた。おおよそ2000年から2010年くらいにかけて、天吊り型から一体型に入れ替わっていったという。一体型の施工のしやすさが施工会社からも歓迎され、普及していったようだ。

「室内天吊り型」としての復活

 現在では、共働き世帯が増加し、日中に洗濯物を取り込むことが難しい家庭も多い。。こうした家庭では、「部屋干し」や洗濯乾燥機を利用することが一般的になっている。
 節水型のドラム式洗濯乾燥機は人気の家電製品であり、機種によっては購入から半年待ちになることもあるという。
また、花粉症を発症する人の増加も、洗濯事情の変化に拍車をかけている。春は洗濯物に花粉が付かないよう、外に干さない人も多い。スーパーの洗剤売り場を見渡すと、いくつもの種類の部屋干し専用洗剤が販売されている。
こうした部屋干しのニーズに応えるように、最近ではリビングやバルコニーに面した部屋の中に「天吊り型」の物干し金物が設置されるケースが増えている。バルコニーから姿を消した「天吊り型」はいま、「室内天吊り型」として復活している。

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 今後もバルコニーに洗濯物を干す人は確実に減っていくだろう。「バルコニーに洗濯物を干してよいのか」はいずれ姿を消す質問なのかもしれない。

これからの洗濯物文化

 日本の洗濯物文化がバルコニーから室内へと移りつつあるのだとすれば、洗濯物のなくなったバルコニーには、新しい役割が求められるだろう。
新築マンションのモデルルームを訪問すると、バルコニーにはおしゃれな椅子や観葉植物があり、ゆったりとくつろげるスペースとして演出されている。来場者は、そこで過ごす自分の姿を想像することになる。
 しかし、現実はどうだろうか。私の住むマンションでも、販売時のモデルルームにはリクライニングチェアが置かれていたが、実際にそのような椅子を置いたことがない。マンションを見上げても、バルコニーでくつろぐ人は見かけない。
 さらに日本では、地球温暖化の影響により、春と秋が短くなりつつあると言われている。モデルルームが提案するような、バルコニーで過ごせる心地よい日差しの降り注ぐ日は、今後ますます限られていくだろう。そう考えると、バルコニーを居住者がくつろぐ場とするには、すでに無理が生じているとも言える。
 昭和の日本家庭の象徴的存在である「磯野家」では、戸建ての庭に物干し台がある。猫がシーツを汚し、主人公が追い掛け回す姿が描かれている。
 いま、室内に移動した洗濯物は、かつてのような存在感を保っているだろうか。洗濯物がなくなったバルコニーと、室内干しの洗濯物。この風景が、新しい日本文化として根付く日は来るのだろうか。 

 

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久保 依子

執筆者

久保 依子 マンションみらい価値研究所 所長

マンション管理士、防災士。不動産会社での新築マンション販売、仲介業を経て、大和ライフネクストへ転籍。マンションフロント担当、賃貸管理担当などを経験したのち、新築管理設計や事業統括部門の責任者を歴任。一般社団法人マンション管理業協会業務法制委員会委員を務める。著書『マンションの未来は住む人で決まる』が第15回不動産協会賞を受賞。

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