1. 修繕積立金の歴史
修繕積立金の法的根拠は区分所有法にある。区分所有法第19条では、区分所有者が共用部分に係る費用を負担することが規定されている(注1)。この規定に基づき、管理組合は修繕積立金を積み立てている。なお、修繕積立金については、国土交通省「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」(注2)において、「将来予想される修繕工事に要する費用を、長期間にわたり計画的に積み立てていくのが、『修繕積立金』である」と定義されている。
修繕積立金は「昭和57年中高層住宅標準管理規約」の公表当時からその存在を確認することができる(注3)。しかし、築40年以上のマンションの原始規約を確認すると、当時の修繕積立金の金額は、管理費の10%程度を修繕積立金として徴収しており、その算出根拠がないケースがほとんどだと思われる。
現在の「将来予想される修繕工事に要する費用」を計画し、修繕積立金の根拠にしようとする長期修繕計画の概念は、1986年にマンション管理センターから「マンションの修繕積立金算出マニュアル」が公表されて以降、新築マンション販売市場に浸透していった。新築マンションでは、1993年頃から長期修繕計画が導入されている。
その後、2008年には国土交通省から「長期修繕計画作成ガイドライン」が公表された。このガイドラインは新築マンションに限らず、既存マンションも対象としている(注4)。つまり、新築当初から長期修繕計画を策定している管理組合は、概ね1993年以降に分譲されたマンションであり、それ以前のマンションについては、管理組合が途中から計画を作成していると考えられる。
(注1)建物の区分所有等に関する法律(昭和三十七年法律第六十九号)
(注2)国土交通省、2024、マンションの修繕積立金に関するガイドライン、PDF資料3枚目
(注3)建設省、1982、中高層住宅標準管理規約
(注4)国土交通省、2008、長期修繕計画作成ガイドライン、38頁
2. 段階増額方式が選択された理由
修繕積立金の徴収が始まった当時、デベロッパーが導入した修繕積立金の徴収方法は段階増額方式であった。マンションの修繕積立金に関するガイドラインによれば、均等方式とは「長期修繕計画で計画された修繕工事費の累計額を、計画期間中均等に積み立てる方式」であり、段階増額方式とは「当初の積立額を抑え段階的に積立額を値上げする方式」である(注5)。つまり、段階増額方式とは、修繕積立金の徴収を後ろ倒しにし、築年数の経過に伴って負担額が高額になる方式である。
段階増額方式が一般化したのは次のような理由によるものと考えている。新築マンション販売には市場原理が働き、価格が少しでも安い方が販売しやすい。長期修繕計画の存在による安心感を売り文句にするとしても、初期の負担額を安く抑えたいという心理が働いたのだろう。
次に、国土交通省「令和5年度マンション総合調査」によれば、1982年当時の永住志向は21.7%と2024年の60.7%と比較して低く(注6)、購入者が将来必要となる修繕費用の負担に抵抗感があったことも理由の一つであると考えられる。
マンションでは概ね12~15年ごとに大規模修繕工事が必要とされている。つまり第1回目の大規模修繕工事は、新築マンションを購入してから12~15年後に行われることになる。1982年はバブル経済前、マンション価格が上昇し始めた時期である。家族構成の変化や、転売価格の上昇による含み益の確定を目的として転売を考える区分所有者にとっては、自らが所有していないであろう時期の修繕費用を負担することには抵抗があっただろう。築年数が経過した段階で所有する区分所有者の負担額を大きくする段階増額方式は、マンション購入者自身も望んだ方式であったと言えるだろう。よく、デベロッパーの初期設定だけに問題があるように言われることもあるが、それだけではない。
こうして、新築マンションは段階増額方式での修繕積立金の算出が一般化した。デベロッパーの販売戦略にあわせて、マンション購入者もまたそれを選択してきたのである。
(注5)国土交通省、2024、マンションの修繕積立金に関するガイドライン、14頁
(注6)国土交通省、2023、「令和5年度マンション総合調査」、令和5年度マンション総合調査結果からみたマンションの居住と管理の現状、5頁
3. 長期修繕計画の計画期間は何年が正しいか
国土交通省「長期修繕計画作成ガイドライン」によれば、「計画期間は、30 年以上で、かつ大規模修繕工事が2回含まれる期間以上」とされており、「5年程度ごとに調査・診断を行い、その結果に基づいて見直す」ことが求められている(注7)。つまり、デベロッパーから提示される初年度から30年目までの長期修繕計画は、その後管理組合にて5年ごとに見直され、6年目から35年目、さらに10年後には11年目から40年目までの長期修繕計画が立案されていくことになる。
一方、マンションでは、おおよそ35年目以降に給水管更新工事が必要となるため、35年目以降の修繕計画には、この給水管更新工事を見込む必要が生じる。5年後、10年後の見直しの時には、給水管更新工事費用を計画に算入しなければならない。この時に段階増額方式による値上げ幅に加えて、給水管更新工事も含んだ修繕積立金に改定しなければ、積立金は不足することになる。新築マンションの販売時に提示される30年間の長期修繕計画は、30年目以降の費用を考慮していない計画なのである。たとえ段階増額方式の増額幅通りに値上げしたとしても、工事費用が計画に含まれていなければ将来修繕積立金が不足するのは当然のことである。
本来、長期修繕計画を立案しようとするなら、70年~80年の計画を立案する必要がある。こうした70年、80年先までも見据えた長期修繕計画を「超長期修繕計画」と呼ぶ(注8)。超長期修繕計画ではコンクリートの劣化対策としてコンクリート中性化工事などが必要となるが、その費用については工事実績も少なく、計画値にどの程度反映させるべきかなどの詳細は、今後さらに調査研究が必要である。
今後の新築マンション販売では、超長期修繕計画に基づき、均等法式で算出された修繕積立金を提示して販売されることが望ましいと言えよう。
(注7)国土交通省、2024、長期修繕計画作成ガイドライン、32頁、34頁
(注8)国土交通省、2024、今後のマンション政策のあり方に関する検討会とりまとめ
4. 長期修繕計画に見込まれていない項目はこんなにある
「長期修繕計画作成ガイドライン」に示される工事項目や、「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」に示される積立金計画の考え方には、次のような算入されていない項目がある。
①外構工事にかかる工事費用
共用部分にある植栽の入れ替え工事、フェンス取り換え工事などの外構工事
②性能向上のための工事費用
例えば、今では一般的となっているオートロック、宅配ボックス設置などは、分譲時に設置されていない場合は算入されていない。製品開発により性能を向上させる設備機器を導入する場合は計画外の積み立てが必要となる。
③金利、物価上昇率
2025年度の消費者物価指数(全国、生鮮食品及びエネルギーを除く総合)によれば、2020年度を100とした場合に111.5となっている(注9)。2025年3月31日付「建設工事デフレーター」によれば、2015年を100とした場合に住宅・鉄骨鉄筋SRCでは128.9となっている(10)。一方、管理組合は修繕積立金の運用を元本保証の商品にて運用し、リスクを取らない傾向が強い(注11)。管理組合向けの運用商品は住宅金融支援機構の「マンションすまい・る債」、定期預金、2026年4月から取り扱いが始まる個人向け国債に限られている。
物価上昇率を3.1%、金利を0.7%と仮定すると、2025年に1千万円を預け入れた場合に2030年には、約1,035万円となる。一方、2025年に1千万円の価値であったものは、2030年には約1,159万円となる。約124万円の差額は長期修繕計画には算入されていない。低金利、インフレ傾向にある場合、修繕積立金は実質的に目減りしていく。
(注9)総務省統計局、2025、「消費者物価指数(CPI)」
(注10)国土交通省、2025、「建設工事デフレーター」
(注11)マンションみらい価値研究所、2021、「マンション管理組合の資金運用の実態について(修繕積立金など)」
5. 解体費用も見込まれていない
長期修繕計画はあくまでも修繕に要する費用を計画するものである。したがって、マンションが物理的に機能しなくなった場合の解体費用、建替え費用などは別に考える必要がある。もちろん、修繕積立金に余剰があれば、その費用を決議によって解体費用等に充当することはできる。解体費用には次のような不確実な費用が多い。
①アスベスト(石綿)除去費用
日本では1975年以降にアスベストに対する数次の規制強化が行われた。2006年には、アスベストの含有量が0.1%以上の材料の製造や輸入、譲渡、提供、使用が禁止され、2012年には、2006年禁止措置で除外とされた例外的な品目も禁止となった。マンションの共用部分に限って言えば、鉄骨等の保温や外装、屋外のゴミ置き場の屋根などに使用されている例が数多く報告されている。さらに、2022年4月1日からは、建築物等の解体・改修工事を行う受注者には、当該工事における石綿含有建材の有無の事前調査結果を行い、その結果を都道府県等に報告することが義務付けられた。しかし、マンションの解体時はそれまでの修繕工事の際に調査の対象とならなかった箇所からアスベストが発見される可能性がある。アスベストの除去費用はその範囲や箇所によって大きく異なる。どの程度の額を見込むべきなのかを算出することは難しい。
②杭の除去費用
建物の杭を引き抜くのか、地上レベルから上部のみを解体するのかによっても解体費用が異なる。敷地売却を選択する場合、その後の土地の利用方法により杭を残存させることができるのか、引き抜く必要があるのかが決まる。この選択も事前に行うことは難しい。
以上のような不確実な項目があることを前提とし、それでも「解体費用がないよりは少しでもある方がいい」という考えのもとに積み立てることが望ましい。ただし、解体積立金を積み立てているマンションは、筆者の知る限り建物の存続期間が土地所有者との契約によって定められている定期借地権のマンション以外にない。
6. 修繕積立金の不足問題(まとめ)
国土交通省令和5年度マンション総合調査によれば、「実際の積立額が計画に比べて不足しているマンションが36.6%となっている」とされている(注12)。
この数値は30年計画の段階増額方式によるものも含まれることから、実際には修繕積立金が不足するマンションはさらに多いことになる。筆者の感覚値ではあるが、修繕積立金が不足しているマンションは、全体の80%以上にのぼるだろう。
ここまで読んでいただいた方には「これでは修繕積立金が足りるわけはない」ということがお判りいただけただろう。
(注12)国土交通省、2024、令和5年度マンション総合調査、令和5年度マンション総合調査結果からみたマンションの居住と管理の現状、長期修繕計画上と実際の修繕積立金積立額の差、9頁
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