そのにおい(香り)が迷惑に?—マンションにおける煙草と柔軟剤のにおい問題を考える

マンションの居住者から寄せられる「におい」のクレームの原因を大きく分類すると、たばこと洗濯に使用されている柔軟剤の2つがある。これらのにおいは、騒音問題と同様に、発生源の住戸が分かりにくい。発生源をおおよそ特定できたとしても、それが注意できるレベルであるかどうかの判断は容易ではない。さらに、ご近所同士ではなかなか注意しにくいという心理的ハードルもある。かといって第三者が、においに悩む側の立場に立って相手方と交渉することは難しい。相手方に自分の意見の正当性を立証し、原因となる行為の中止を求めるとなると、最終的には裁判に発展する可能性もある。このように、騒音問題が解決しにくい理由は、そっくりそのまま「におい」の問題にあてはまると言える。
たばこ(煙草)のにおい
バルコニーで喫煙する煙草のにおいが、周囲の住戸に届く場合にクレームとなるケースが多い。洗濯物や布団ににおいが付着したり、部屋の中まで煙が侵入してきたりなど、被害の状況はさまざまだ。
バルコニーは共用部分の専用使用部分である。つまり、共用部分であるため、管理規約でその使用方法について制限することができる。2025年に改正された国土交通省のマンション標準管理規約コメント(参考1)でも、喫煙の問題に踏み込んでいる。禁煙を促すことで国民の健康増進を図るという目的のほかに、それほどまでにマンションにおいて煙草のにおいに関するクレームが増加しているということが、その背景にあるのだろう。
マンション標準管理規約第18条関係コメント(2025年改正にて追加) ⑥ 喫煙に関しては、共用部分においてそれを認める、認めない等の規定、認める場合におけるその場所など遵守すべき事項、これらの事項に違反した者に対する措置等について、使用細則で定めることは可能である。また、他の区分所有者及び占有者との円滑な共同生活を維持する観点から、周囲の状況に配慮した方法で喫煙することが望ましく、使用細則において、そうした規定を盛り込むことも考えられる。 |
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(参考1)マンション標準管理規約コメント(最終改正:令和7年10月17日)
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000052.html
マンション標準管理規約コメントでは、認める、認めないの両論併記の形となっているが、改正前から多くの管理組合では「専用使用部分を含む共用部分での喫煙を禁止する」使用細則を定めている。禁止する条文例は次の通りである。
使用細則制定例
第〇条 (禁止行為)バルコニーの使用者は、バルコニーで次に掲げる行為をしてはならない。
1)バルコニーへの散水をすること
2)バルコニーで喫煙すること
3)その他、他の居住者に迷惑を及ぼすおそれがある行為
次に、「共用部分での喫煙を禁止」する使用細則が総会で成立する可能性について考察する。
まず、マンション内にはどのくらいの喫煙者がいるのだろうか。「厚生労働省国民健康・栄養調査」(参考2)による成人喫煙率の推移は次の通りである(図1参照)。各年代において減少傾向にあり、令和5年度では女性平均は6.9%、男性平均は25.6%、全体では16.3%となっている。1990年代では平均で30%を超えていたことから、30年でおおよそ半減していることがわかる。健康に配慮する機運、煙草の値上げなどにより、今後も喫煙率は減少していくものと思われる。このままでも、煙草の煙に関するクレームは減少していきそうだ。しかし、現在進行形で煙草のにおいに困っている人にとっては、待っていられないだろう。
例えば、50戸のマンションに、各戸夫婦2名で居住していたとする。合計100人のうち、統計上は16人強の喫煙者が居住していることになる。
使用細則の制定、改廃は普通決議で成立する。例にあげた16人がそれぞれ別の住戸に居住していると仮定しても、過半数以下である。したがって、喫煙者全員が使用細則の制定に反対したとしても、喫煙を禁止する細則は成立する。

(参考2)厚生労働省国民健康・栄養調査
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/r5-houkoku_00001.html
もちろん、喫煙者の中にも、使用細則による禁煙に賛成する人はいるかもしれないし、非喫煙者でも、禁煙に反対する人がいるかもしれない。ここではあくまで、喫煙者は禁煙に反対するであろうという前提での話である。
なお、使用細則で禁止しても、喫煙が止まない場合はどうなるのかも気になるところだろう。工場の煙突などから発生する臭気については「臭気指数規制ガイドライン」が存在する。しかし、煙草に限った基準値というものは存在しない。ただし、煙草の煙による健康被害については、すでに判例も存在する(平成24年12月13日名古屋地裁 平23(ワ)7078号)。判決では健康被害が認められている。このような判例がある以上、使用細則を制定し、喫煙が止まない場合は注意を促し、それでも止まない場合は裁判所に判断をゆだねるより解決の方法はないが、そこまで至るにしても喫煙者の立場は弱い。
なお、こうした個人の嗜好に関わる使用細則の制定にあたっては、あらかじめアンケート調査などを実施し、実際に喫煙者がどのくらい存在するのか、使用細則の制定についてどのような意見があるかを把握するようにしたほうがよいだろう。筆者の経験によれば、影響を受ける側の立場が弱い時ほど、感情的な反発が起こりやすいため、説明や合意形成を丁寧に重ねるなど、慎重に進めることに越したことはない。
(参考3)臭気指数規制ガイドライン(平成13年3月環境省環境管理局)
https://www.env.go.jp/air/akushu/guide_ind/full.pdf
柔軟剤のにおい
日本語の漢字の表記は、「臭い」と「匂い」の2種類がある。一般的に「臭い」は不快なにおい、「匂い」は好ましいにおいに使用される。テレビCMでは、柔軟剤を「香り」として表現し、長時間持続する芳香効果を宣伝している商品もある。
しかし、バルコニーに干されている洗濯物から周囲に広がる柔軟剤のにおいがクレームとなる例もある。柔軟剤のにおいの発生源である住戸は「周囲から悪臭だと思われている」という認識がないことが多く、この点が煙草よりさらに解決に時間がかかる原因となっている。
国民生活センターでは、「柔軟仕上げ剤のにおいに関する情報提供(2020年)」(参考4)を公開し、柔軟剤のにおいについて注意喚起を行っている。
(参考4)国民生活センター 柔軟仕上げ剤のにおいに関する情報提供(2020年)https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20200409_2.html
消費者庁(参考5)や埼玉県草加市(参考6)では、ホームページに「香りの強い柔軟剤などの使用は控えめに」との記事を掲載するほか、ポスターをダウンロードできるようにしている。
推測ではあるが、市の窓口にも多くの柔軟剤のにおいに関するのクレームが寄せられたのだろう。
煙草のにおいとは異なり、まずは柔軟剤のにおいに困る人がいる、ということに気付いてもらうことが第一歩だろう。煙草と柔軟剤は同列で検討しないほうがよい。
(参考5)消費者庁 「知ってください。その香り困っている人もいます」https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/other/assets/consumer_safety_cms205_230711_01.pdf
(参考6)埼玉県草加市「香りの強い柔軟剤などの使用は控えめに」
https://www.city.soka.saitama.jp/cont/s1704/020/010/030/PAGE000000000000060959.html

マンション管理士、防災士。不動産会社での新築マンション販売、仲介業を経て、大和ライフネクストへ転籍。マンションフロント担当、賃貸管理担当などを経験したのち、新築管理設計や事業統括部門の責任者を歴任。一般社団法人マンション管理業協会業務法制委員会委員を務める。著書『マンションの未来は住む人で決まる』が第15回不動産協会賞を受賞。







