マンションの利用料は「電子マネー」で!

組合運営のヒント
マンションの利用料は「電子マネー」で!

公共交通機関においては、20年ほど前から電子マネーによる運賃の支払いができるようになった。電子マネーで支払うほうが現金で切符を購入するより安い料金設定としたため、「高齢者フレンドリーではない」という批判もあったようだが、今では駅で現金を投入し切符を購入する人の姿をみかけることは少ない。

最近では、2022年1月にゆうちょ銀行が硬貨の取扱いを有料化した。都市銀行では以前から有料化されている。中小の小売店などでは経費増になるとの批判もあるようだが、都市部では電子マネーが利用できない小売店をみかけることはほとんどない。いずれ現金は私たちの財布の中から消えゆくのだろう。

しかし、マンションでは未だに現金が

一方でマンション管理における現金の取扱いはどうなっているだろうか。ここで、具体的な場面を想像してほしい。

シーン1 《来客用駐車場》
ある日、管理事務室に来客用駐車場を借りたいという居住者がやってきた。管理員に「昼頃から2時間くらい貸して欲しい」と200円(2時間あたり100円)を置いた。「急いでいるから台帳に〇〇〇号室の◇◇と書いておいて」と言い、管理員が領収書を作成しようとしたときにはすでに立ち去っていた。

シーン2《コインランドリー》
共用部分にコインランドリーが設置されているマンション。管理員と理事長が立会いのもと、月に1度、コインを回収している。今日は回収日だ。ところが理事長が急用で立ち会えなくなった。すでに機械は硬貨でいっぱい、管理組合の収入として月締めで計上しているので別日にすることは難しい。管理員は仕方なくひとりで麻袋に硬貨を入れた。ずっしりと重い。

とまあこんな具合に、今でもこうした現金の取扱いをしているマンションも多いのではないだろうか。

電子マネー導入のメリット

令和3年8月、一般社団法人マンション管理業協会から国土交通大臣あてに「マンションの適正な管理を確保するための方策に関する要望」を提出した。ここでは、電子マネー普及における管理組合、管理会社のメリットが挙げられている。

(管理組合のメリット)
①現金収入を管理組合口座に振込む際の手数料等の支出の削減
②管理室で金庫等に入れ保管している場合の第三者の侵入による現金盗難リスクの削減
③管理組合役員が使用料収入やつり銭を管理している場合の業務削減
④区分所有者(居住者)は決済がスムーズになる
⑤現金(少額硬貨)が不要になる
➅使用する電子決済によってはポイントがつく
⑦新型コロナウィルス感染下では毎日の使用料の金銭授受による感染リスクが軽減できる

(管理会社のメリット)
①現金を取扱うことによる管理員等が勤務日に実施している使用料収入の管理やつり銭管理等が不要になり、管理員業務の効率化に繋がる
②手作業で行っている管理組合収入データ入力作業が軽減される等の会計業務の効率化に繋がる
③入金ミスや金銭の紛失リスクの削減に繋がる

シーン1にあてはめて考えてみよう
来客用駐車場使用料は管理組合の口座に振込む必要があることから、振込手数料は削減できる。区分所有者は硬貨を用意する必要はなく、管理員が領収書を作成するまでの間、待つ必要もない。非接触の決済のため、ウイルスの感染リスクも低減できるだろう。

シーン2にあてはめて考えてみよう
コインランドリーを電子マネーで利用するには、機械を電子マネー対応型に変更するほか、硬貨式からメダル式に変更し、居住者にメダルを管理事務室にて電子マネーで購入してもらうという方法もある。機械の中に現金がなくなり、盗難リスクは低減できる。振込手数料や硬貨の取扱手数料も削減できる。現金回収の際の理事長立ち合いも必要なくなるだろう。

電子マネー導入に対する国の動き

マンション管理業協会の要望を受けて、令和3年12月24日国土交通省から「マンションの管理の適正化の推進に関する法律に基づく管理事務のIT化について」と題し通達が発せられた。この通達では次のように述べられている。

「電子マネー等の導入の必要性は、個々の管理組合で異なることから、管理組合における導入の検討に際し、マンション管理業者は適切な説明を積極的に行うとともに、管理委託契約の内容を変更する場合は、重要事項説明の際、導入メリットなどを丁寧に説明することが望ましい」

国はメリットづくしであることを強調している。こうした一連の動きから見えるように、マンション管理業協会も国土交通省もマンションにおいて現金の取扱いを「どうしてもなくしたい」ことが伺える。

もう一つのホンネ

実は、先の話には続きがある。

シーン1《来客用駐車場》
ある日、管理事務室に来客用駐車場を借りたいという居住者がやってきた。管理員に「昼頃から2時間くらい貸して欲しい」と200円(1時間あたり100円)を置いた。「急いでいるから台帳に〇〇〇号室の◇◇と書いておいて」と言い、管理員が領収書を作成しようとしたときにはすでに立ち去っていた。
《つづき》
「誰も見ていない」管理員の心にふと魔が差した。後から「あの日は来客用駐車場に車が止まっていた」と言われた場合に備えて、
・台帳には1時間の利用として記入
・100円の領収書を作成し、お客様用控えは破棄(管理組合控えは100円として残す)そうして100円を金庫に入れ、100円をポケットにしまった。

シーン2《コインランドリー》
共用部分にコインランドリーが設置されているマンション。管理員と理事長が立会いのもと、月に1度、コインを回収している。今日は回収日だ。ところが理事長が急用で立ち会えなくなった。すでに機械は硬貨でいっぱい、管理組合の収入として月締めで計上しているので別日にすることは難しい。管理員は仕方なくひとりで麻袋に硬貨を入れた。ずっしりと重い。
《つづき》
「誰も見ていない」管理員の心にふと魔が差した。そうして硬貨の一部をポケットにしまい、残りを銀行から管理組合口座に入金した。

2011年9月から2021年12月までの間に、国土交通省から行政処分を受けた管理会社87社のうち、55件(約63%)が「管理組合の財産の棄損事故(着服)」がその理由となっている。

マンション管理業協会と国土交通省が「どうしてもなくしたい」のは、まさにこの「つづきの話」があるからなのである。

性善説に立てるマンションに

日常的には正しい判断ができる人でも、一瞬の心の迷いが出るときがある。管理会社はおおよそマンションの管理棟数の管理員を雇用している。大手管理会社の場合は数千人に及ぶ。企業の側からすれば、性善説に立った業務設計はできないだろう。

さらに管理組合の側も、伝票類は正しいのか、管理員の行動に不信な点はないのかなど、つねに疑いの目をもって確認をする必要がある。居住者は管理員と良好な人間関係を築きたいと思っている人も多いだろう。多分、「うちのマンションの管理員さんはいい人だ」という性善説に立って付き合いたいはずだ。しかし、マンションに現金の取扱いがあると、性善説に立つことが難しくなる。

近い将来、1枚のカードでマンションの玄関やオートロックを施錠し、電車に乗り、買い物をし、勤務先のビルに入館する、そんな時が来る。いずれ財布から消えてゆく現金は、マンションからもなくしていく必要があるだろう。

久保 依子
執筆者久保 依子

マンション管理士、防災士。株式会社リクルートコスモス(現株式会社コスモスイニシア)での新築マンション販売、不動産仲介業を経て、大和ライフネクストへ転籍。マンション事業本部事業推進部長として主にコンプライアンス部門を統括する傍ら、一般社団法人マンション管理業協会業務法制委員会委員を務める。

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