マンションの管理の適正化の推進に関する法律(以下“適正化法”)が2021年に改正された。
改正の目玉となる管理計画認定制度(以下、認定制度という)の施行が2022年4月となるが、1年を切ったあたりから新聞や週刊誌でも取り上げられるようになってきた。
先日、ある雑誌社から、特集を企画するので“管理会社のホンネ”というタイトルで書いてもらえないかと依頼を受けた。認定制度の本当のところについて、管理会社はどう考えているのかというウラ話を“ホンネ”といいたいのだろう。とはいえウラもオモテもない。なので寄稿したものは、管理組合をサポートし続ける力量や管理品質をより問われていくこれからのあたりまえと、管理会社がこれからも管理組合から管理を受託し続けるためにはどう変わるべきか、という入口の話にした。本論は、また別途にコラムにしていこうと思う。
適正化法改正の“ホンネ”とは?
さて、今回の適正化法の改正に至った“国のホンネ”とは、なんだろう。“管理会社のホンネ”よりもこちらの方が気になる。行政が今まで以上に管理組合にコミットすることになり、新たに創設された認定制度は管理組合に運営上の状態目標を与えることになる。日本では私的所有権は極めて強い権利なのだが、管理組合に対してとはいえ、私有財産であるマンションに国が関与し管理の状態を認定するということは、極めて異例であると理解して欲しい。では、欧米ではどうなのか。フランスの例を紹介しておこう。フランスには、マンションの健全化のために行政が“予防・是正・除去”を行う、通称ALUR法(アリュール法)※がある。全てのマンションの管理状態を6段階に評定し、健全な状態であれば民間の管理専門家が管理者となり、管理状態が悪化すれば弁護士等を管理者とせよと、行政や司法が命令を下す。その他、特別受任者制度や改善プログラム事業など、段階に合わせたきめ細かい対応が定められている。荒廃したマンションがテロの拠点や貧困ビジネスの巣窟になっていった歴史、また多民族で多様な価値観が混在している国柄でもあり、私的所有権に関わる管理状態を法律で規制し、社会秩序や公共の福祉とのバランスを取ろうとしているわけだ。日本で、「公共の福祉」等のために「私的所有権」に大鉈を振り下ろしたのが、平成26年に施行された空家特別措置法ではなかろうか。ひとことで言えば、行政が建物を除去(解体)できる行政代執行の制度で、戸建に限らず除去されたマンションもある。今回の改正で、国や行政がより積極的に管理組合にコミットし、また認定制度で管理組合のあるべき状態目標を提示したのは、空家特別措置法の“除去”という最悪の結末だけでなく、“予防”と“是正”を盛り込んだと考えるのが自然だろう。これが今回の改正の“国のホンネ”ということだ。
※ALUR法……2014年3月制定。健全・不安定・荒廃・破綻・深刻な破綻・修復不能の6段階で登録され、行政上の予防・是正・除去などが定められたフランスの法律。「フランスにおける新たな『不適切住宅』の実態と対策の研究」寺尾仁・阿部順子住総研研究論文集・実践研究報告書(NO442017)より
中古マンションは「管理を買え!」という非現実性とは?
もうひとつ“国のホンネ”がある。それは、直接的にはマンション管理ではなく、健全な中古マンションの「流通市場の育成」だ。
中古マンションの購入検討の際に、「マンションは管理を買え!」と、よくいわれる。しかし、それぞれのマンションの管理状況は、外側から見るだけでは判断のしようがない。管理の良し悪しをわかっている不動産仲介の営業マンがいるとは思えないし、マンション管理の実務者であったとしても表面だけを見てアドバイスはできない。結局、立地や築年数などで査定され、営業マンの巧みなトークに背中を押され契約してしまうことがほとんどだろう。「マンションは管理を買え!」とは、購入後にずーっと住み続けられる“居住価値”を見定めよということなのだが、実は最初の段階ですでに雲をつかむような話なのだ。
営業担当者が背中を押すトークとはどんなものか、想像の範囲で申し訳ないが2つほど想定してみよう。
例えば、「管理費や修繕積立金が安くてランニングコストが抑えられるお得なマンションです。その分をローンの返済に充てれば十分に手が届くマンションですよ」などと言えば、予算ぎりぎりで検討中の購入予定者にとってはありがたいトークになる。
しかし、将来は確実に修繕工事などが発生する。単に資金計画に無頓着な管理組合であったとしたら、一時金が発生したり、修繕工事ができずに“居住価値”がどんどん低下してしまうことになる。
また、「このマンションは、大手のブランド企業が管理しているので安心ですよ」と言われれば、心躍らせるかもしれない。しかし、あくまでも管理の主体は管理組合であり、管理会社ではない。また近年は、さまざまな理由もあるのだが、管理会社の側から委託契約の継続をお断りする時代でもある。そもそも、管理会社の銘柄で居住価値”が決まるものではないと肝に銘じておきたい。
健全な中古マンションの「流通市場の育成」という“国のホンネ”とは、認定制度で“居住価値の見える化”につなげ、客観的に示すことで中古マンションの「管理を買え!」を実現させることではないだろうか。安心して中古マンションを購入できる環境ができれば、おのずと日本のマンションの中古流通市場は成長する。スクラップ&ビルドではない、住宅という社会インフラを長く持続的に活用できる社会の実現ということだ。
日本の中古流通市場を数字で見る!
2013年の少し古いデータだが、日本の戸建も含めた既存住宅の流通シェアは、新築85%に対して中古は15%程度しかない。アメリカなどの欧米は、中古流通が70%前後から90%程度までを占めているというのに(首都圏の中古マンションの流通シェアは別途添付※)。
日本人は、新築好きということなのかもしれないが、アメリカでは、適正価格を客観的に評価するアプレイザー(=物件査定士)や建物の状態を調査するインスペクター(=物件調査士)などの専門家制度が機能しているといわれている。
日本でも、2006年に制定された住生活基本法以降、建物のハード面を中心に以下の制度等が推進されてきている。
① 住宅性能表示制度
住宅の品質確保の促進等に関する法律に基づく制度
② 建物状況調査(インスペクション)の利用の促進
専門的な知見を有するものが、建物の基礎、外壁等の部位ごとに生じているひび割れ、雨漏り等の劣化事象及び不具合事象の状況を目視、計測等により調査するもの
宅地建物取引業法により、あっせんの有無等に関する説明が義務化
③ 長期優良住宅認定制度
長期優良住宅認定制度期優良住宅の普及の促進に関する法律にもとづく制度
長期優良住宅認定制度期に良好な状態で使用するために、さなざまな措置が講じられている住宅を認定する制度
④ 「安心R住宅」制度
耐震性・建物状況調査・リフォーム等の情報提供が行われる既存住宅の登録制度
戸建ならある程度は網羅されているものと思うが、さて、マンションはどうだろう。
マンションは複数の独立した専有部分がある集合住宅だ。もちろん、ハード面では共用部分の管理状態まで範囲を広げる必要はあるし、ソフト面では将来への備えや主体的で合意形成ができる民主的な運営がなされているかなどが重要になる。今回の改正で創設された認定制度の、その判断基準はマンションならではの共用部分のハード面や運営上のソフト面を探る指標になっているということなのだ。
※首都圏の中古マンションの流通シェア
首都圏のマンションでは、新規供給が年々大幅に減少していることもあり、新築8:中古2(平成13年)から、近年は1:1程度になっているが、中古マンションの取引総数は、1.4倍程度に留まる。
出典:不動産市場ビジョン2030年(国土交通省)
「資産価値」と「居住価値」
“資産価値”とは、売却して初めて金銭に変えられる価値だ。また、需要と供給の関係で価格が決まる、客観性のある価値ともいえる。それに対して“居住価値”とは、快適で安心して住み続けられる価値であり、住まう人の主観ともいえる価値だ。
しかし、中古マンションを購入して住もうという人にとっては、投資で買ってキャピタルゲインを狙うわけではないので“居住価値”は重要な要素であり、また購入して住んでみないとわからないようでは、困るのだ。近年、この“居住価値”を脅かす様々な問題が露呈しだした。マンションという建物と人の老い、管理不全問題、空家や相続放棄など、明確にリスクは増えてきている。だからこそ、根拠を持って“居住価値”を示す指標が重要になる。それが、認定制度ということだ。この制度で安心でき、同時に中古マンションの流通市場がより活性化していくことが、“居住価値”という文化や判断基準が浮上してくることにもなるのだと思う。
中古マンションを購入しようとする者にとっては、“居住価値”が根拠を持って示され、安心し購入できるよりどころに。仲介業者にとっては、これをきっかけにマンションの中古流通市場がより成熟した市場への成長に。そして何よりも、区分所有者や管理組合にとっては、“居住価値”の向上や高齢化問題の解決につなげられるヒントになる。それが認定制度の可能性であろう。
定着するまでは、当分時間はかかるものと思うが、明るい未来へのスタートラインであるという気がしている。