“貧困”と聞いて、どんな状態を思い浮かべるだろうか。例えば、最近よく出てくるキーワードで、貧困児童というのがある。栄養失調になってしまうような子供の話?と思われる方もいるかもしれないが、そうではない。その国の文化・生活水準と比較して困窮した状態、いわゆる“相対的貧困”に直面している子どものことであって、明日の食べるものにも困る“絶対的貧困”ではない。日本では、7人に1人が貧困児童といわれており、支援し見守るために“子ども食堂”というボランティア活動も広く行われている。
日本の相対的貧困は、児童だけではない。10代後半~20代前半の若者世代も相対的貧困が多い。コロナの影響でアルバイトができず学費を稼げず、学業をあきらめようかと考える大学生の話題もあった。そして、70代以上の高齢世代も相対的貧困者は多いといわれているのだ。
持続可能な社会を目指すなら、相対的貧困率は低い方が良い。まさに高齢化社会を迎えた日本のサスティナビリティには、貧困問題を無視しては考えられない。そして、高経年マンションでも同じことがいえるのだ。
マンションの“持続可能性”が失われるというのは、終の棲家として暮らしたマンションで人生を全うし、その後に残されたマンションに起きる問題のことだ。管理組合が、爪に火を点す様な節約を重ねた管理運営をしていった結果、住宅余り・少子化・人口減の中で、若い世代にとって魅力を感じられない住まいとなってしまうなら、その後の残された居室には、だれも入居してはくれない。マンションに空家が増え、そのうち負の資産として相続放棄も出てくる。いつかは誰も住まない・住めない建物になってしまう。
決して、“節約”を否定してはいないが、管理費や修繕積立金の必要な増額までを節約してしまうような考え方に陥れば、管理組合に“貧困”を呼び込んでしまう恐れは十分にあり得ることなのだ。
高経年マンションほど「相対的貧困率が高い」ということ
マンションについて考える前に、日本の高齢世代の貧困にスポットを当ててみる。提示のグラフは、年齢別の相対的貧困率の比率だ(内閣府24年度版高齢社会白書図1-2-15)。
貧困率は50歳台後半に一度高まるが、60歳台は一定水準を維持する。しかし、70歳台になると再び一挙に跳ね上がり、あとは年齢と共にどんどん高くなってしまう。ちょうど年金受給世代にあたる。同時に独居高齢者や老々介護などのキーワードが頭に浮かんでくる年代なのだ。
70歳以上においては特に女性の貧困率が25%を超える。平均寿命は男性81.25歳、女性は87.32歳(2018年データ)と女性の方が平均6年程度長生する。そのため独居老人世帯も増えてくるのだろう。余生を貧困と向き合い、一人で暮らすのは、気が滅入る話だ。だからこそ、互いに見守り、見守られ、明るく快活に日々を送れるコミュニティが大切になってくるのだろう。
これを踏まえ、マンションについて考えてみよう。
日本のマンションの区分所有者の半数は、すでに60歳以上の世代が占めている(国土交通省マンション総合調査)。今後もさらに高齢者比率は高まり、2025年には60歳以上が70%を超える可能性もある。
区分所有者の高齢者比率が高まる理由──それは、国内に存在するマンションの平均築年数がすでに築24年を超え、2025年頃には築30年を超すことが第一に挙げられる。平均築年数に購入した時の年齢を加えてみれば、合点がいくはずだ。ちなみに 2025年に平均築年数が30年になるなら、35歳でマンションを購入した人は65歳、40歳で購入した人は70歳という計算だ。
同様に、すでに築30年・40年のマンションでは、住民の多くが60代・70代ということも考えられる。古いマンションにありがちな話として、高齢者の介護や支援などをコミュニティとしてどうするかなど浮上してくることも多い。先に示したグラフのように相対的貧困も増加するかどうかは別にしても、年金受給者が多くを占めることは容易に想像はつくだろう。
貧困がもたらす最大の問題は、マンションの価値を存続していくために必要な、月に数千円程度の管理費等のアップさえも実現できないことに尽きるだろう。積立金不足で必要な工事ができない、共用部分の火災保険料が支払えないなど、管理の状況をよく理解している理事長が「このままではまずい」と思っても、区分所有者の大多数からすれば、「ない袖は振れぬ」ということになりかねないのだ。
これではマンションとしてのサスティナビリティを喪失し、不動産ならぬ“負動産”にしてしまうことは自明だ。
貧困がもたらす、フランスの社会住宅の荒廃事例
フランスは、日本とは反対に人口が増加しており、外国からの移住者も多い国だ。都市部では、中産階級向けの社会住宅と呼ばれる集合住宅が多く存在しているが、管理のやり方は日本とは異なっている。
どのように異なるか──それは、区分所有者集会で重要事項は決めてはいくものの、区分所有者の中から理事長が選任され管理者に就くのではなく、外部の専門家が管理者となるのが一般的。また、決定的に異なるのが行政の関り方だろう。行政は区分所有建物の健全度に応じ、措置体系を定めている。「健全」「不安定」「荒廃」「破綻」「深刻な破綻」「修復不能」の6段階だ。
「破綻」以降は、裁判等による管理者選定や行政による認可が必要になり、破綻区分所有再生事業や除去措置など、行政が正面から介入していく点は、日本と大きく異なる。また、「健全」~「荒廃」までの区分では、区分所有者集会と管理者で健全性を維持、また「健全」に向けて改善していく建付けとなっている。
新潟大学の寺尾先生が、フランスの社会住宅の荒廃プロセスをわかりやすく単純化し解説しているので、その一部を紹介しよう。
①区分所有者の経済的事情が、管理費等の滞納・管理費等の値上げができない状況をもたらす。また、無関心というコミュニティの問題が、総会が開催できない、もしくは前向きな議論にならないなど、管理組合の機能不全を引き起こす。
②管理を受任している管理者は、管理組合の財政状況を熟知しているだろうし、自分の報酬がもらえなくなるリスク、契約が適正に更新されないリスクも想定でき、まず管理者が離脱(解約申入れ)していく。
③管理者不在の中では、建物の劣化が進み、住環境が悪化する。
④環境等が悪化していくと、他に移れるような経済力を有する中堅所有者が、社会住宅から離脱し始める。
⑤ 転居しようにも経済的事情が許さない居住者だけが残り、空家が増加する。また外部からは貧困ビジネスなどが参入してくる。
ここでいう、「貧困ビジネス」とは、多額な賃料で不法移民を住まわせる、覚醒剤の取引場所に使われるなどだ。2015年の130人の死者を出したパリ同時多発テロの実行犯の潜伏先も、この貧困ビジネスが横行するエリアであった。
治安の違いもあり、貧困ビジネスのレベル感を日本のマンションにあてはめて考える必要はないが、経済的事情という貧困を抱え、コミュニティの参加意識の低い管理組合では、持続可能性を失い、静かに空家が増加し、“負動産”化してしまうなど、荒廃に進むのは間違いなのだろう。
「経済的事情でお手上げ」、その前にやっておきたいこと
マンションが古くなり、多くの住民が年金受給者になり、住まう人の貧困率が高まれば、一時金を負担する、また積立金を値上げすることは、たとえ修繕の必要性があってもできなくなる。ある意味、それは当たり前のことなのだろう。
しかし、その金回りの悪さが、マンションの“貧困”やサスティナビリティの“喪失”につながっていくのだとするなら、できるうちに手を打つべきなのだ。
修繕積立金の値上げをせずに必要な資金さえも蓄えない──それが“節約”なのだという考え方は、築年が浅いマンションでも実は多い。ローンの返済や子供の教育費にもお金がかかるからという事情も十分に理解できる。しかし、たとえ3千円程度の修繕積立金の値上げでも「反対」という意見が管理組合内部で支配的になってしまうと、その後のマンションの将来は、“貧困”に取りつかれてしまいやすい。新築マンションを購入して、10年・20年目あたりの方は、十分に知っておくべきことだ。
さらに、昨今は修繕積立金だけの問題ではない。管理費会計が危ない状態になってきている。保険料が大幅にアップし、また、最低賃金はこの30年で190%程度もアップした。今まで安定価格の申し子のような管理会社の委託費も値上げに向けて急激に圧力を高めた。
この30年の間には、消費税が導入され、今や10%になり、物価も7.5%上昇した。車離れが進み、駐車場の空きが目立ち始め管理費会計を潤していて駐車場賃料が入ってこなくなったマンションも多いだろう。
修繕積立金会計だけでなく、管理費会計の収入の源である管理費自体を最低でも20%・30%程度上げていかなければ、将来の貧困につながるトリガーになってしまうのは目に見えている。目先の節約はもちろん大切だが、やはり限界はある。一番確かなことは、多くの居住者がまだ工面できるうちに収入の確保を行っておくということなのだろう。
フランスの健全度に応じた6つの措置体系を紹介した。「健全」「不安定」「荒廃」「破綻」「深刻な破綻」「修復不能」の6段階だ。日本では、積立金会計や管理費会計が将来において「健全」で、貧困を呼び込むことがないと断言できる管理組合は、ごく少数で、多くが「不安定」という状態なのかもしれない。
経年と共に「不安定」から、「荒廃」そして「修復不能」へと至ってしまわないよう、マンションの貧困対策を立てるのは、まさに今なのかもしれない。