乾パン、カロリーメイト、カップラーメン。最近ではビスコやグリコやリッツなどのお菓子缶もある。あなたのお宅ではどんな非常食を用意しているだろう。「何も用意してない」という方は少々不用心かもしれない。記憶に新しいところで、昨年9月に発生した「北海道胆振東部地震」がある。この震災では、前代未聞の全道停電という事態になった。地震大国日本では、いつどこで大地震が起こってもおかしくない。長期間、水・電気・ガス、そして物流が停止する事態も十分想定できる。特にマンション住民は、避難所に行かず自宅で被災生活期を送るのが原則だから、自分たちで水や非常食、簡易トイレを備えなければならない。そこで今回は、マンションでの食料備蓄の考え方について整理してみよう。と、その前に。「マンション住民は自宅避難が原則」ということを復習しておこう。避難所には収容の限界がある。人口密度の高い都市部では、あっという間に人で溢れかえることになるだろう。避難所は、余震などで倒壊する可能性の高い住宅に住む人を優先するものであり、堅牢なコンクリートでできたマンション住民は自宅で待機することになる。しかしながら、却ってむしろ避難所よりも自宅で被災生活を送る方がなにかと有利。それは、プライバシーもなく、ぎゅうぎゅう詰めで寝返りも打てないような体育館よりも、地震で散らかった家財を片付けスペースを確保さえすれば、布団も衣類もある上、プライバシーも守られるからだ。
基本的に避難所の運営は、避難してきた人たちの自主運営となる。行政側も被災しているわけだから、「やってくれる」ことを期待してはいけない。避難所での食事は、行政が備蓄しているアルファ化米や乾パン、それに支援物資として届けられるおにぎりやパンといった炭水化物が中心。お湯の確保ができるようになって、やっとカップラーメンが食べられるが、それも炭水化物だ。全国から集まったボランティアが本格的に稼働できるのは、被災から数日後。健康な体を維持するための新鮮な野菜や果物といったビタミン類、お肉や魚といったタンパク質などは、物流が回復しない限り望めない。栄養バランスが偏った炭水化物中心の食事により、体調を崩しやすくなり、また、大勢が寝泊まりしている環境では、インフルエンザなどの感染症も蔓延しやすい。高齢者は重篤な状態に至るケースもあるという。
地震発生直後から丸1日を発災期と呼ぶ。発災期での初動は、まず安否確認や隣近所の救助救援が最優先。その後、散乱した室内を片付け、休む場所を確保し、ラジオなどで被災情報を収集することが基本。しかし自宅避難の場合、発災期にもう一つやっておいてもらいたいことがある。クーラーボックスの中に、最初に冷蔵庫の食料を入れ、その上に冷凍庫で凍らせた食材をのせて保管することだ。冷蔵庫に入っている食品の量にもよるが、停電になると冷蔵庫内の温度が上昇してしまい、野菜などは傷みやすくなる。その点、クーラーボックスなら、凍らせた食品が保冷材の代わりになり停電になっても買い置き野菜の鮮度を数日間は保つことが可能になる。気が動転している発災期といっても、丸一日食事をとらないわけにはいかない。発災期の食事は、簡単に調理できるアルファ化米などが便利だ。ここで提案だが、アルファ化米を五目御飯タイプのものにすると、おかずなしでも満足できるのではないだろか。また、アルファ化米を水ではなく、買い置きの野菜ジュースで戻せば、パエリア風にアレンジできる。これが意外とおいしく、またビタミンの補給もできるのだ。
さらにいうと、カセット式のガスコンロは必需品だ。カセットのボンベも1ダース程度は用意しておこう。インフラが復旧するのは、一般的に電気・水道・ガスの順番。電気・水道が復旧しても数日間ガスが通らないこともある。調理のための“火”の確保ができれば、ご飯も炊けるし、おかずの調理も可能になる。自宅避難における食料は、傷みやすいものから最初に調理するのは当然だが、買い置きのものをうまく利用する。その買い置きだが、日持ちする乾麺や缶詰、レトルト食品など特別「備蓄用」としなくても、日ごろよく食べているお好みのものでいい。ポイントは、それを少し多めに蓄え、買ったものから順に日常の料理に使い、無くなる前に買い足す。この保管方法のことを「ローリングストック」という。これによって、ある程度栄養バランスの取れた食事が1〜2週間は確保できる。特に野菜ジュースは、ペットボトルで何本か用意をしておこう。ビタミンの補給に加え、水分の補給も可能だからだ。乾麺は塩分が多めのうどんより、塩分が少ないスパゲッティーがよい。貴重な水を使うので茹でこぼさず、茹でたお湯はスープに再利用もできる。クーラーボックスに移した野菜を入れ、出汁・塩こしょうで味を調えれば十分おいしい。使用するお皿は、水で洗う必要がないようにあらかじめラップを敷いて使う。ご飯は無洗米を用意し、さんまの缶詰と一緒に炊き込めばおいしい“さんまご飯” のできあがり。備え方のポイントは、カセットコンロ・野菜ジュース・無洗米・ラップ、そしてローリングストックということになる。避難生活期では、自宅避難でもストレスは溜まりやすい。高齢者だけでなく、子どもたちも心理的なショックを受けているからこそ、避難所ではなかなか食べることのできないバランスの取れたおいしいものを家族に提供したいもの。災害時の非常食といえば、“乾パン”という時代は終わったのだ。家でストックされているものを持ち寄り、簡単で栄養バランスの良い防災食レシピを披露しあうイベントを「震災訓練」の一環で実施しているマンションもある。マンションは自宅避難が基本であり、被災生活期に体も心も病気にならないノウハウをマンション全体で共有するには最もわかりやすいイベントだ。是非、あなたのマンションでも企画してみてはどうだろう。
マンション管理士。株式会社リクルートにて住宅情報北海道版編集長、金融機関への転籍を経て、大和ライフネクスト入社。管理企画部長・東京支社長などを歴任。マンションみらい価値研究所にてコラムニストとして活動。
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