委託契約書や仕様書をじっくり読んだことはあるだろうか。
「マンションの管理の適正化の推進に関する法律」が施行されて久しい。この法律により、管理会社が管理組合と締結する委託契約は自動更新できなくなり、契約を毎回締結し直すことになった。契約締結の承認は総会決議事項なので、毎回、契約をするかどうかの審議にかけられる。契約内容に変更がある場合には、区分所有者全員に重要事項説明書を配布し、説明会を開催することになる。最近では、同一条件の契約内容であっても、毎年、重要事項説明会を開催することを標準にしている管理会社もでてきた。いずれにしろ、委託契約書に触れる機会は増えたはずだ。
管理会社が提供するサービスの範囲や金額、また何をどこまで管理会社にお願いできるかは、基本的には契約書等に書かれている。しかし、その品質水準はなかなか読み取れない。
品質水準とは何か
工事の例を持ち出した方がわかりやすいかもしれない。例えば大規模修繕工事では、契約書だけでなく仕様書や見積書などを見れば、工法や対象面積、施工範囲、使う材料のメーカー名や品番、アフター保証基準などが記載されている。また、全体の工事スケジュールに加え月間・週間の工程も広報され、安全対策や注意事項も住民向けに丁寧に説明会などを用意するのが一般的だろう。工種単位の施工要領書を求めれば、施工の品質基準はより明らかになる。何を・いつまでにはもちろんだが、施工技術や段取り、そして完成精度の担保を明示すること、それが改修工事の品質提示ということだ。一方、世の中に普通にある管理委託契約はどうだろう。もちろん、発注者である管理組合は、契約している管理会社の品質水準を押さえておく必要はある。さて、明文化されたものは、どこにあるのだろう?
品質が見えないと、どんな疑問が湧いてくるのか?
委託契約や仕様書で突っ込んで聞きたくなるような部分を例示してみよう。
【議事録案】
理事会運営補助に「理事会の議事録案の作成補助」とある。理事会終了後いつまでに提出されるのか、作成補助とはメモ程度のことを意味しているのか、納期や完成度はどの程度のものなのか。実際に上がってくるものを見ればわかるといわれそうだが、実は、管理会社や担当者によって差の大きい部分でもある。理事会の議事録案を上席者が内容を確認した上で5営業日以内に提出しているケースもあれば、1カ月後にメモ程度のものを議事録案としているケースもある。催促しても一向に作成してくれないケースなど、さまざまだ。
【日常清掃】
清掃員が何名で何時間実施し、どの場所をどんな頻度で掃く・拭くは、一般的には仕様書に記載されている。しかし、開放廊下の腰壁にこびりついた雨だれの跡汚れは、清掃員が雑巾で拭くだけではきれいにならない。何をどこまできれいな状態を担保してくれるものなのだろうか。
通常、日常清掃員が機械を使っての清掃は行わない。掃く・拭くことまでだ。こびりついた雨だれの跡汚れは、高圧洗浄など別途に特別清掃を依頼しなくてはきれいにはならない。仕様書には仕上がり状態は示しておらず、時間と頻度、人数と清掃方法を示しているものと理解するしかない。完成度という品質水準は示されていない。とはいえ、清掃した後から落ち葉が落ち、汚れもつく。完成の状態を示すのが難しい業務でもあるのだ。
ここにあげた事例は、国土交通省の「マンション標準管理委託契約書」(平成30年3月9日)の項目から拾い、少し意地悪に疑問点を想定してみたものだ。
この手の話は、実務を知らない人ほど、品質にこだわり深掘りすれば、まだまだ出てくるだろう。「委託契約や仕様書で品質を開示するのが当たり前じゃないの?相手に伝わってなんぼじゃないの?」と憤りをぶつけたくなるかもしれない。
高度な信頼関係があって、管理サービスの品質が見えてくる
確かに一般の人がわかるように品質基準を伝えるべきなのかもしれない。議事録案の提出を5営業日とするなど、明確に数字で示せるものは良いが、現実的にはすべての項目において品質を完全に説明することは、かなり難しい。しかし、その結果、温度差や説明不足、双方の思い込みも手伝い、仮に管理会社の担当者が一生懸命やっていたとしても、品質基準の認識の不一致は、いつの間にか不満・不信、不愉快へと、エスカレートしていくきっかけになりかねない。
システム開発業界では、SLA(Service Level Agreement)という考え方がある。範囲・具体的内容、また達成目標等を委託者・受任者の双方が合意し、品質水準を定め保証するものだ。マンション管理でSLAを本気で作ろうとすれば、実務をすべて紐解きながら委任者である管理組合と受任者である管理会社の双方が、頭を寄せ合い膨大な時間を割いて作成することになるだろう。より高い品質水準を求めれば、もちろんコストも上がる。また、実施後に評価を行う必要もある。評価をするには理事会も管理実務のプロである必要があるだろう。これは、私自身が、策定にチャレンジしたものの、結局は頓挫してしまった経験からの話だ。
また、チャレンジしてみてわかったことは、SLAに盛り込まれたそのマンションだけの特別ルールの存在が、実務上は鬼門になりやすい。管理会社にとっては、本来の標準的な業務ではなくなるため通常の業務フローで仕事を進めているバックヤード(支援部隊)には手に負えず、担当者の個人の力量に委ねられざるを得なくなるからだ。結果、この孤独な担当者には、ミスやロスが増えていくことになりかねない。
管理委託業務は、工事のような完成物を納品する請負やシステム開発のようにIT機器の性能やプログラムに委ねられるものではない。悲しいかな、ほぼすべての業務が人力で行われ、物の納品ではなくサービスの提供だ。サービスなら、もちろん管理会社側で日々、改善・改良され変化はしていくものの、「業務要領の開示」で品質を示すしかなさそうだ。
標準的に安定してサービスを提供するための「業務要領」はその結果の状態は示せない。よって、これがイコール「品質水準」とはいわないが、開示されることで見えてくることはたくさんある。
開示するには勇気もいる。担当者の基本的な能力と企業としての組織的なバックアップがあること。そしてなによりも「良いサービスを提供し続ける、満足度を高める」という緊張感を持ち続けているかどうかということだ。それが、品質にこだわる管理会社の素養だろう。
委託契約ってなにさ!
委任者である管理組合も品質を引き出すために意思を持つ必要もある。担当者に良好なコミュニケーションを求め、また相互の事情やこんな管理でありたいという想いを共有する努力だ。それが、高度な信頼関係を築く土台となる。管理会社との関係は、意外と面倒くさいのだ。その面倒くさい関係は管理委託契約がもたらしたものだ。そもそも、委託契約って何だろう。そのあたりに面倒くさい理由が見えてくるかもしれない。
民法では13種類の典型契約を定めている。労務を提供するという意味では、請負契約か準委任契約なのだろうが、双方はまったく性格の異なる契約。「管理請負契約」とか「管理(準)委任契約」とはいわずに「委託契約」というところもポイントだ。いろいろな考え方はあるのだが、「委託契約」は、準委任契約と請負契約との混合契約で、より準委任契約の性格を強くもつものだろう。会計業務などを扱う基幹事務や理事会運営補助業務は、明らかに「準委任契約」。清掃業務や点検業務は請負契約の範疇だが、完成をもって引き渡す請負契約にあって、清掃は終わった端から落ち葉が積もれば清掃前の状態に戻ってしまうのが清掃業務の宿命だ。点検業務にしても、点検した翌日に設備が故障することだってある。点検ではすべての故障の予防保全はできないからだ。よって、清掃や点検は報告書という紙をもって、引き渡しに替えている。
「報告書はあるけど本当に清掃したの?点検したの?」という話になってしまっては元も子もない。いずれにしろ、「(準)委任契約」は、高度な信頼関係においてのみ成立する契約関係なのである。
※注:委任は法律行為、準委任は法律行為以外のことを行う。管理会社の仕事は法律以外のことなので準委任となる。
「高度な信頼関係」といっても、管理会社を変更するケース、いわゆるリプレイスは後を絶たない。
デベロッパーが供給する新築マンションは、そのほとんどが供給元の系列管理会社で管理を行っている。デベロッパーの供給実績は正確なデーターはあるし、管理会社の寡占化も進んでいる。上位50社程度の管理戸数の増減数とリプレイスに積極的な数社の実数を確認できれば、日本全国の管理組合の何パーセントが年間リプレイスしているかの推定値は導き出せる。概ねこの十数年、毎年1%をちょっと超える程度のリプレイスが発生していることになる。
たった1%かと思うかもしれないが、30年間のうちではすでに30%が管理会社を変更したことになる。また、3年ほど前に1,400サンプルでアンケート調査を行った。その時の過去にリプレイスを行ったかについては、35%程度が行ったと回答されていた。ストック全体で見る限り、けして少ない数字ではないのだ。問題は、その結果、品質に満足したか、そして高度な信頼関係が築けたか、ということだろう。
今一度、あなたのマンションの管理委託契約書や仕様書をしっかり読み込んでみるのも良いことかもしれない。